IE9ピン留め

ごあいさつ

<ごあいさつ>

当ブログをごらん頂き、誠にありがとうございます。
2010年あたりまで町工場での仕事の傍ら、ピアノとか、ガーデニングとかいろいろやってました。
のんきに過ごしていたのですが、不景気風に吹かれて、家業が傾いてしまいました。
それで、2010年夏、「ピアノ教室」を開業し、頑張っておりますが、これでは追いつかず、
スーパーでパートもしています。

職業もいろいろ、趣味もいろいろで、あちこちに話題が飛ぶ落ち着かないブログですが
どうぞよろしくお願いいたします。

2007年、10月よりこのエキサイトでお世話になっておりますが
その前半年ほどは楽天ブログに書いておりました。
そちらの方も合わせて見て頂ければ幸いに思います。

# by nyanko715f | 2012-12-31 00:00 | Trackback | Comments(6)

価値ある500円

思いがけなく(朝の)仕事が3連休になった。(教室は休みじゃないけど)
おまけに、年末年始、よくがんばったので来月には有休までくれるという。
それに気を良くして、出不精の私がまた日本橋まで出かけた。
先日の「義経千本桜」をもう一度みたい、と思ったからだ。
ひとつきに2回も文楽にいけるほどのご身分ではないのだが
幸い「幕見席」というのがある。
これを使うと「道行初音旅」なら500円で見られる。
場所は会場の一番後ろの端になるが
文楽劇場はそれほど広いところではないので一番後ろでも十分である。
それにそこは中央の席からは一段高いところになるので
前の人の頭が邪魔になるなんてことはなく、全体が見渡せていい場所である。

これほど一流の芸能を500円で見られる、などというのは
世の中にそうあるものではないと思う。
もっとも好きな者にとって、だけの価値だけど・・・・

文楽はたいていの人が「人形がやる時代劇」と思っている。
それはそれで合っているのだが(たまに現代物の脚色もあったりするが)
人形が舞台に居ない時間はあるが、三味線がなっていない時間はない。

文楽の三味線は太夫さんの歌の伴奏であるときもあり
語りの合いの手でもあり、物音や空気など
ありとあらゆる役目をする。
三味線は一人のときもあり多ければ5人並ぶこともある。
筝や胡弓が加わることもある。

影で鳴り物(打楽器類)や細棹の三味線が入ることもある。

私は毎日西洋の音楽を勉強しているが
日本の古典音楽は実に不思議なものに思う。
楽譜に書けるような節もあるにはあるが
音符で表せない微妙な高さの音や抑揚があり
リズムも何拍子とはいえない変化に富んだ進行をする。

こういうものに比べると西洋音楽は実に単純明快と思う。
人間の声や弦楽器などは音符の間の音も自由に出せるけど
ピアノに限って言うと
鍵盤はきっちり区切りがあるし
楽譜に書いてある決まりごとを忠実に守ればいちおう形になるので
日本の古典音楽をやるよりは(初歩の段階では)易しいように思う。

「呼吸」(息)だけで音楽を進めていく日本の古典は
飛びぬけて、奥が深いように思う。
自分には雲の上の存在みたいなので余計、魅力的に思える。

幕が上がるのを待つきょうのひととき・・・・とても幸せな気分だった・・・・

# by nyanko715f | 2012-01-21 01:14 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

文楽新春公演 「道行初音旅」

このごろは出かけるのが前にもまして億劫になっている。
買い物など、よほど必要でないと出かける気がしない。
たまに運動代わりに散歩を兼ねて少し遠くのスーパーまで歩いたりするが
それも出かけるのにかなりの決意が要る。
だから、1月の文楽公演も行きたい気持ちはなくはないが
行くのには大いに決断が要る。が・・・きょうは思い切って行ってよかった・・・・

文楽は1年に4回、定期的な公演がある。
が、いろいろ事情もあるのだろうが、出し物は大体決まっていて
「義経千本桜」などは1年か2年に一回は回ってくるのだが
それでも毎回見たい!と思ってしまうほどこの演目は魅力がある。

今は桐竹勘十郎の忠信がすごくいい。
「初音旅」と「河連館」の間に数回の早変りがあり、宙乗りもあるので
かなり体力を消耗すると思うが今、いちばんいい。
それに今回は静を豊松清十郎が遣う。
これも、けなげでかつ気丈、という見ていて気持ちのいい静である。

見所満載のこの演目は文楽を始めてみる人には絶対、おススメだ。
人形だけでなく、人形遣いの着物も一瞬のうちに変わるんですぞ!
それに「忠信」が舞台のいろんなところから出没する、という仕掛けも
(ミーハーまるだしだけど)楽しくてうきうきする。

それ以上に心躍るのは「音楽」である。
文楽の語りと三味線を「音楽」といってしまうのは間違っているかもしれないが
きょうの「義経千本桜」ともうひとつの「壷坂観音霊験記」を見た(聞いた)後は
オーケストラのコンサートでシンフォニーを聴いた心地に似ている。

「道行初音旅」のたて三味線は奇才(もしくは異端児)といわれる鶴澤清治だった。
久しぶりに見たが、ちょっと年をとっているけど、相変わらずカミソリみたいにピーンとした音で
あたりにも張り詰めた空気をかもし出している。

勘十郎の活気、清十郎のたおやかさ、、研ぎ澄まされた清治の三味線は
ミスマッチみたいなのにそうではなくて、見事に混ざり合って充実感いっぱいの舞台になった。
来てよかった・・・・・と思った。
これはTVやDVDではだめなのだ・・・・ここに来てこの空気の中にいなければ・・・・

きょうの上演プログラムに「いしいしんじ」という作家の人が
書いている文章の中にこんな一節があった

(中略)人間は自分の意志で生きているようにみえ、じつのところ、意志も考えもまったくないままこの世にうまれおち、その後も、自分ではどうにもできない波に押されるとおり、動かされ、運ばれ、結ばれ、わかれ、そしてある日倒れ、動かなくなる。背後に大きな黒い人形遣いがいて、虚空で三味線が響き、雷の言葉で一生を語られているようなものだ。人間の生は、そのまま文楽に写し取られている。(後略)


文中に「雷の声」というのがあるが
これは、この人が始めて文楽を聞いたとき、太夫さんが「喉の奥に雷を飼っているような声でうなり始めた」
と感じたらしいが、なるほど・・・・うまいことを言うな・・・・と思った。(作家だから当たり前か?)

そうか・・・・私も遣われている人形のひとつか・・・・そうかもしれない・・・・

# by nyanko715f | 2012-01-14 00:39 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

戻ってまいりました!

なくなった・・・と思っていたはずの旧パソコンのデータが帰ってきた・・・・
なくなったところで全部個人用のものだから
すっきりあきらめて、新しく出直せばいい、と思っていたところへ
婿がなにかそれ専用のケーブルを買ってくれて、
それに旧パソコンから取り出したHD(まるで、脳内だけ抜いたような・・・)を差込み、
それを今のPCにつないでみるとデータはほとんどそのままで戻ってきた。

たとえば・・・・新聞記事のように組んであるものはパーツがばらばらになって見られないが
前田(広島)の2000本安打記念の写真とか、
オールスターで最優秀選手になったときの記事とか・・・・・
そして・・・・自分の3年間日記、写真とか・・・(他人には本当にどうでもいいもの・・・)
が全部、戻ってきた・・・・

2年前、東京へ行ったとき、スカイツリーの工事中の写真を撮っていたのなどは
そのときしか見られない物だから残念に思っていたけど戻ってきてよかった。

別れた恋人と再会した・・・・・という気分に似ている・・・・
劇的な再会・・・ではなく、「あ、どうしてた・・・・久しぶり・・・」という
空白期間はなんでもなかったような再会の仕方・・・・

自分じゃなきゃ何の価値もないものなのにねえ・・・
また過去のものを後生大事に抱えている狭量な自分に戻ってしまった・・・

浅草から見た工事中のスカイツリー

# by nyanko715f | 2012-01-10 10:01 | 日常のつれづれ | Trackback | Comments(4)

2012年の幕開け

新年おめでとうございます。
旧年中はお世話になりました。
昨年末にPCが壊れて、年賀ソフトも住所録も失い
年賀状も間に合いませんでしたが
早々に年賀状をいただいた皆々様、どうかご容赦のほど
今年もどうかよろしくお願いいたします。

今年、よき政変があり、少しでも暮らしやすくなりますよう
こころから願います。(たぶん、期待はずれでしょうが・・・・)

年末年始、ずっと仕事でやっときょう、休みが来ました。
年始にお仕事をしている人はたくさんいるでしょうから
えらそうに言うほどのことはないのですが・・・

年末あれだけの商品が入ったのに、年始にまたどっさり入荷してきて
お客さんはさして多くなく、それでもどんどん入荷して在庫いっぱいなんてのは
いったいどうなっているんでしょう・・・・・
だから、すごく忙しいだけで・・・働くほうも疲れているから揉め事が多くて
年始から面白くもない日々です。

やっと休みが来て、このブログを更新しようとして
長々と文章を書いたのに(しみじみとしたいい文章だったのに・・・
と消えてしまったから言っておきます・・・・)、
途中でほかのサイトを検索してしまったので
全部消えてしまった・・・・それでももう一度書いていたら
今度は電話が入って中断したらまた消えてしまった・・・・・

今年もマヌケな幕開けです・・・
いくら学習してもこりないですが、今年もどうかよろしくお願いいたします

# by nyanko715f | 2012-01-04 12:04 | 日常のつれづれ | Trackback | Comments(13)

とりあえず・・・今年を振り返って・・・・

大晦日というけどまったくそんな気がしない。
だけど店という店がお客さんでごった返し、どの人のかごも商品が山のように入っているので
やはりお正月が来るのだろう・・・

今年は年明けから災難続きで最後の最後にPCまで壊れてしまって
いいことがなかったように思う。
しかし、私の災難など震災や原発の被害のことを思うと取るに足りないものだ。
悪いこと続き、などという範疇にも入らないだろうと思う。

今、家族も健康で仕事もあってつつましくでも暮らしていけているのだから
十分幸せにやっている、と思わなくてはいけない。

今年1年で、まず、スーパーの仕事にかなり慣れてきた。
人にも慣れ、仕事にも慣れた。
人に慣れたことで自分の居心地がよくなった。
朝早いのと寒いのにはつらいときがあるが、これも冬を過ぎればどうってことなくなる。
まだ当分はがんばっていけそう、と思う。

それから・・・今年1年でピアノを教える、ということが
少なくとも去年の今と比べると、かなり自分の中で定着してきた。
生徒も長い子は1年半になるのでその成果が見えてきて
もちろん、私のやり方が100%いい、などと言いはしないけど
成果があるのは方向が間違ってはないように思う。
しかし、音楽はあくまでも人の感覚の問題で
成果なども自己満足であることも多い。
何で成否を確かめるのかもわからないが
それは、今の自分が持っている音楽の信念を信じるしかない。

満足するときは進歩がなくなるとき、と思うので
常に反省は必要だ。
人との交流や発表や広く世間に問うことが必要と思う。
そのための足がかりになる発表会が今年できたことはとても幸運だった、と思う。

そう思うと今年はとても幸福な年だった、といえるかもしれない。
そういうときこそいい気にならず、よけいに慎重に自分を見なければならない。

一方、反省すべき最大のことはピアノを弾かなかったことである。
レッスンを中断して、練習時間は限りなくゼロにちかくなった。
新しい曲を何も弾かなかった。
これじゃいけない・・・・来年、心を入れ替えてやる!というのも小さな声でしか言えないが
やらなければ下降の一途をたどる、と自分に言っておこう。

さて・・・・明日からも3が日ずっと仕事です。

今年1年、ブログを読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
また来年もどうかよろしくお願いします。
PCが壊れて年賀状もできていませんが申し訳ないことながら
これをもちましてお礼の挨拶にさせていただきます。
よいお年をお迎えください。

# by nyanko715f | 2011-12-31 22:21 | 日常のつれづれ | Trackback | Comments(0)

私のPCが最期の時を迎えてしまいました!

いつものように起動スイッチを入れてもエラー画面が出て動かない。
あれ~~~前の日の夜までは動いていたよ・・・・
まさか、このままになっちゃうんじゃ・・・・と不安になるが
この症状が深刻かどうかもPCに疎い私にはわからない。
とにかく家族の中では一番詳しい婿に判定を依頼したが
娘は簡単に「もうあかんのとちがうかな~~」とか言う。
え~~~~!これには3年間の日記とか家計簿とか経理のデータとか
そこそこの量の文章、写真、ぜんぶ入っているのにそれがあかんわけ~~?
まさかまさかそんなことないよね・・・・・

と思いつつも、夜、婿が会社から帰ってきて見てくれて
8時24分、最期のときを宣告された。

PCとはそういうもの、とわかってないわけではないのだけれど
バックアップを取っている、と安心している。
バックアップ、といってもそれはDドライブに入っているだけだから
PCがうんともすんとも言わなくなればそんなもの、なんにもならない。

ついこの間、外付けHDにいくつかのフォルダは入れた。
でもこんなに早く、お別れが来るなんて思わなかったから
全部移したりしなかった。
なんという不覚・・・・・いろんなものをまた一から作り直さなきゃいけないし
いちばん不覚なのはついこの間の発表会の写真をPCに取り込んで
SDカードを空にしてしまったことだ・・・・・・
早く写真に焼いてみんなにあげておけばよかったのに、もうないかもしれない。
さっさと仕事しないからだめなんだよね~~やることが遅すぎる・・・

それに・・・・日記とかメールとかいろいろ・・・・・
そんなものはなくなってもすごく困るわけではない。
ただの自分の覚書だ。
きのう何があったかわからなくても誰が困るというものではない。
だけど、教室のこと、仕事のこと、詳細にメモしたものは今はもうない・・・・・

しかたない・・・・きのうまでのことは忘れよう。
過去の自分と訣別しよう。

当分、自分専用のPCは買えない。(今は借りてる・・・・よそのPCは使いにくい・・・)
PCのない生活になればまた生活スタイルは変わるかなあ・・・・・

今までメールを下さっていたみなさまへ・・・・・

申し訳ないことにアドレスも失いました。
受信はできるようにしておりますのでお手数ですが空メールでも結構ですので
メールをお送りくださいますでしょうか?
よろしくお願いいたします。

# by nyanko715f | 2011-12-16 14:43 | 日常のつれづれ | Trackback | Comments(0)

お母さんもどうですか?

毎週、4歳と小1の生徒の家に出張レッスンに行っている。
そこは去年、4人目のお子さんが生まれたのでお母さんが外出できなくなって
通いのピアノ教室から出張可能な私のところに切り替わった。

そこのおうちの楽器が電子ピアノである、というのもネックだが
それ以上に、子供たちがホームグランドであるため、緊張がなく
やっていてもふざけたり、トイレに行ったり、眠たいとぐずったり
またほかの子供たちが周りでワーワー言う中でのレッスンだったりして
なかなか大変な状況である。
生徒たちは力がないわけではなく、またピアノをすごくいやがってもないので
遊びながらのレッスンでもいいか?と思ったり、だけど時にはイラつくこともある。

が、いちばんヤキモキしているのはおかあさんである。
やさしくおおらかなんだけど、厳しいところがあり、子供たちにはけっこう怖い存在だ。
ふざけていてもお母さんが見学に来るとちょっと姿勢が改まる。
私も、教える側がお母さんのようなピシッとしたところを持たなければ・・・・
と思うのだが、なんせ、大切な生徒さんなのでまあまああまくやっている。

少し前、あまりやる気なくだらだらしていた子供に、お母さんは
「いややったらやめてしまい!お母さんがかわりにやるわ!」
と怒っているのが聞こえた。
結局、その日は怒られたこともあって泣く泣くレッスンはしたのだが
帰ってから、思いついて「お母さんもごいっしょにやってみませんか?」とメールした。
そしたら「私もやらせていただきます」と返事が返ってきた。

それから約半月になる。
お姉ちゃんのほうは今までろくに練習もしていなかったので進まなかったが
今は練習しているのがわかる。
妹もぐずぐずだけど、いやがらずにピアノの前に座れて、楽譜を読むようになった。

そしてお母さんは、子供のころ、したことがあると言っていたが
ヘ音記号の読み方がよくわかってない、というのでそれから始めたが
簡単な両手の楽曲も弾ける。
宿題の曲はすらすら弾けるのでじゃあ、次、と言ってページをめくると
初見では全然弾けない。
私は、こんな簡単なものでは面白くないのか?と思ってレベルを上げようとしたのだが
「いっぺんに難しいのをやられるとついていけません・・・」という。
宿題の曲はものすごく練習して、その結果、レッスンのときにはすらすら弾けたのだという。

じゃあ、子供さんはお母さんがすごく練習していたのを見ていたのですね?というと
そうだ、という。
「こどもは、お母さんには負けたくない、と言うんですよ」と言う。
ああ、それで、子供たちも今回、練習していたわけだ・・・・と納得した。

たぶん、ピアノを一番やりたかったのはお母さんだ。
ゆくゆくはこども4人ともに、ピアノが弾けるようになってほしいという。
子供たちもピアノが嫌いなわけではないし、けっこう力もあるほうだと思う。

たまに、子供がトイレに行って誰もいなくなれば
私はそこの電子ピアノを鳴らしていたりする。
お母さんは「うちの子たちが弾いている分にはこれでもピアノの音、と思っていましたが
曲を聴くにはこの楽器では不満がありますね」と言うぐらいだから
音楽を聴く力もあるのだろう。
弾くのも練習さえできればどんどん上達すると思う。
一時期、この4歳の子をどうしようか?と途方にくれたときがあったけど
またちょっと明るい見通しができたような気がする。

まあいろんな生徒がいて、すごく優秀と言うわけではないけど
けっこういい生徒ばかりに恵まれているように思う。
がんばらないといけませんね・・・・・

# by nyanko715f | 2011-12-14 14:57 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(0)

ようこさんはきょうもマイペース!

発表会でお気に入りのシューベルトのワルツを弾き
上手くいったのでますます調子に乗ったようこさん・・・・・
今回も意気揚々と(レッスン直前までは)やってきた。

ハノンは自分でするように言っていたのだが、
見張らなければきっちりしないような気がして、1番から順番にやっている。
だいたい、四分音符=100で弾くのも危うい。つっかかる。
今は無理せずに92ぐらいで確実に弾く練習をしている。少しずつ上げていくつもりだ。
そのあと、20いくつのリズムの変奏からいくつか指定して弾かせる。
これは、バッハなどで勝手なアーティキュレーションをするので、それの防止に
スラーとスタカートを正確に弾き分けるのを目的に使う。
それと・・・・転調。
「はい、ヘ長調で」・・・・・・というと・・・・
「え~~と、ヘ長調はシャープ4つでしたっけ」・・・・などというので
「まあ、よ~~く考えて」といいながら見ていると、やっと「♭ひとつですね。」
というところにはたどりついたが、始まりの音が「ファ」を見つけるのも時間がかかるが
これも辛抱強く見守るしかないと思う。

まあ、そんなこんなで、ハノンをやり、練習曲(ル・クーペ)をやり、
バッハのフランス組曲5番のガボットは3回目でどうにか正確になってきた。
ただ、最初に弾いた時は今までのクセで、(聞いていて)気持ちの悪い演奏をする。
それは、縦の線がきっちりしてないからだ。
テンポが揺れるし、リズムが崩れるし、装飾音がフライングしている。
私はバロック、古典は「正確」を第一としているがこれが正解かどうかはわからない。
「精密な設計図を具現する」とようこさんには、特に口をすっぱくして言うが
それが私が聞いて気持ちのいい演奏なのだが・・・・間違っているかもしれない。

このあと、シューマン、ユーゲントアルバムから「サンタクロースのおじいさん」
これはこの季節にぜひとも弾きたい、と自ら言って持って来た曲だ。
最初と最後の部分、これは(山アクセント)を強調するよう注意をすれば
かなりメリハリのいい演奏になった。
が、中間部のピアノで16分音符が動く部分は全然音がみられてない。
もうちょっと音を読んできてほしいよね・・・・
まあ、それはそれとして、
この曲は普通考える「サンタクロース」のイメージからは程遠い。
私はずいぶん昔、「ピアノのおけいこ」という教育TVで
このころこの番組は子供向けだったのだが、
有名なピアノの先生が解説しているのを聞いてひじょうに面白い、と思っていた曲だ。
ゆうこさんは(どこかで調べてきたらしいが)この曲想を
サンタ=(日本の東北の、)なまはげのイメージ、という。
おお!なるほど!とその意見にはおおいに共感した。
ようこさんは宿題を出すといろいろ調べてくる時がある(気が向かないと、しない・・・)
で、まあ、けっこう音楽をわかっているところはある。
わかってないのは自分の力・・・・・。
クレメンティのソナチネをやり直す、ということでほっとしていたが・・・
「クレメンティひとつ終わったら、モーツァルトやっていいですか?」
というのは百歩譲ってどうにか許せるとして・・・・・
ブラームスなんか、やってみたいですね・・・・というので
「ブラームスでやれる曲は1曲もないわ!」
と、これははっきり言ってやった。
まず、ル・クーペとソナチネ、しっかりやれよ・・・・・

そんな私の思惑とは関係なく・・・・
クリスマスには友人の経営するレストランでディナーのバックでピアノ演奏をするそうだ・・・

# by nyanko715f | 2011-11-28 18:07 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(4)

『三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』

このごろは映画に行こう、と思っても、めんどくさくなって行かないことが多い。
「三銃士」もそうやってスルーしてしまうか?と思っていたのだが
明日の朝が休みなので、急に行く話がまとまって行ってきた。

帰りの車の中、開口一番
「あの、バッキンガム公爵にオーランド・ブルームと似た人を使うのは止めてほしいよな・・・
どっちがどっちかわからんで・・・・」(私)
「え?バッキンガム公爵がオーランド・ブルームでなかったんか?」(夫)
「オーランド・ブルームはアラミスやで」(私)

ちゃうちゃう!奥さん、あんたがまちがってまっせ。
オーランドがバッキンガムのほうですがな・・・・・

と間違うぐらいなんで、私の目も本当にあてにならない・・・・
しかし、こんなよく似た人を使うのはやめてほしいよな。
どっちがどっちかわからんようになる。
で、そのオーランド、悪役だということで期待されたらしいが、どうも悪役になりきれない悪役。
「おのれ~~フランスめ~~~!!」と怒っても迫力ない・・・・

途中から俄然、注目されるのがマッツ・ミケルセン。
007カジノロワイヤルしか知らなければ、また悪役のあのおっちゃん、ぐらいにしか思わないのだろうが
わりと最近、「シャネルとストラヴィンスキー」という映画を見た。
大した映画ではなかったが、ストラヴィンスキーの音楽の印象が変わったし
やるじゃん、ミケルセン・・・・・大した役者だよね~~と思った。
何国人でもできる。

で、今回も終盤に見せ場が来るが、それを盛り上げるなら
前半戦、もっとぐぐっとこの人を描くところがあっていいのに、急に出てきた
という感じがする。
「ゾロ」のときのラブ隊長みたいに、かっこよくて憎たらしい、というのを
ずっと引きずって、最後に見せ場、としてほしかった。

というように、どの人の見せ場も考えて作ってあるのだろうが
製作者が狙ったほど一つ一つの場面の印象が薄い。
登場の仕方も面白い仕掛けなのに、この印象の薄さはなんだろう?
何組かの恋愛の「思いの丈」ももうひとつ、ぐぐ~~っと迫ってこない。

俳優はそれなりにはまり役をずら~~っと揃え、仕掛けも超豪華。
スピード感もありスケールも大きいのに、
映画全体がなんか「張子の虎」みたいな気がするのはどうしてだろう・・・・
「パイレーツ・オブ・カリビアン」もどきの戦闘が空中になっただけ、という感じ。
音楽もちょっと似た感じがする。
フランスの国を背負っている、という重さがない・・・

そういう原作のエッセンスはこの際、考えないことにして
仕掛けだけ楽しめば十分、見ごたえのある映画になると思うが
無条件に楽しむにはもう私の年が行きすぎているんだろうね。
20代、30代でこの映画を見たならまた違った印象を持っただろうと思う。
感動しまくっていた若いころがなつかしい・・・・・

この映画の最後のシーン、第2部の予告編みたいなんだけど
次は「赤壁の戦い」?

# by nyanko715f | 2011-11-25 00:43 | 映画の話 | Trackback | Comments(0)

「トロイカ」(チャイコフスキー)

一回発表会なるものをするとまたやってみようか、というか、
またできる、と思ってしまう。いい気なものだ・・・・
で、調子に乗って・・・・・
今年は手っ取り早いところで「アラベスク」(ドビュッシー)を弾いてしまったが
来年は何を弾こう、とか考える。

「ピアノのために」(ドビュッシー)は以前あるところで弾いて、
なんか納得できなかったので、もう一度やってみようかな・・・と思うのだが
もう少し楽しい感じの曲のほうがいいかな?と
レパートリーもないのに、考えたりする。

ん・・・・・で、一番、季節に合うだろうところで(たぶん、秋にすると思うので)
「トロイカ」はどうか?と思い出した。
ああ、これはいい・・・・・と曲だけを考えると思うのだが
弾く自信は全くない。
とにかく、すごく弾きにくい。難しい。

私がこの曲を知ったのは、子供のころの発表会で
それも私よりずっと年下の小学生が弾いた。
聞いてすぐに「いい!これをやりたい!」と思った。
実際やったのはそれから30年以上経ってからで、それも四苦八苦して弾いた。
このあとの12月、「クリスマス」の方がずっと弾きやすかった。

だけど、曲としては「トロイカ」は名曲で、弾ければかっこいい。
1年やれば出来るだろうか・・・・・

いや~~左手の最初の16分音符からしてはずしそうだし、
途中の左手がメロディーの右手16分音符もすごく苦手なところだ・・・
最後、トロイカが過ぎ去ってppで終わる、というのも盛り上がらないし・・・
とか言って、弾けない言い訳をするが、
この時期、本当にこの曲は季節に合う。
ロシアの11月は日本よりもずっと寒いに違いないけど
これから冬に進んでいく期待を持たせる。
クリスマスやお正月という楽しい行事がやってくる期待がある。
(私自身は寒いのもいやだし、最近はお正月など忙しいだけで全然面白くないが)

発表できるのはムリとしても、いちおう、これを取り出して練習してみよう。
1年、とか言っても、たぶん、夏になるとこの曲を弾く気も失せて
今の意気込みなどどこかに行って、また目の前にある手っ取り早いものでお茶を濁すだろうが・・

別に自分は発表会に弾かなくてもいいのだけれど、
本当に怠け者だから、なにか課題を与えないとすぐサボるからなあ・・・・
1年後に教室がどうなっているのかもわからないけど、
とりあえず、自分の目標は持っておきましょう。



# by nyanko715f | 2011-11-18 14:50 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(2)

発表会、終わりました

いろいろ不安なこともあった発表会が終わった・・・
さしてトラブルもなく、用意したイスはほとんど埋まって
和やかな雰囲気でできて、本当に安心した。

うちの生徒だけでは30分ぐらいで終わるのでは?
とか思っていたプログラムも、応援があって約1時間半あまり。
けっこう充実した内容だった、と自己満足する。
私も、生徒との連弾なども含め、大きなミスはせず終わってほっとした。

先輩先生の教室からの応援と
私の先生の門下生、
そして私の生徒、といわば三つの教室の合同みたいなものなんだが
生徒はそれぞれもちろん、個性はあるが
それでもやっぱり教室のカラー、というものはちゃんと見える。
それだけ、生徒が忠実に言うことを聞いてくれている、と思えばいいのだが
先生の影響力って大きいのに気づく。
私もたぶん、自分の先生のカラーがどこかにあるのだろう。

ひごろ、生徒にはなにげなく指示しているが
もっと心してかからねばならないのかな、と思う。
もっといい加減に聞いてくれていいのに・・・・

発表会とはいってもステージがあるわけでなし、
客席とピアノとは手が届くほど近い。
弾いていれば、聞いている人がリズムをとっているのもわかる距離だ。
私は以前にずっとそういう発表会に参加させてもらっていて
もちろん、人数が少ないから小さい部屋でせざるを得ないのだが
こういう感じのほうが好きだ。
弾く前には演奏者が、名前と曲目と、簡単な自己紹介などして
「お願いします」と言って始める。
狭いからマイクなども要らなくていい。
本人の声が聞ける、というのもけっこういいのではないか、と思う。

今回、うちで一番小さい人(4歳と小1)は参加できなくて、トップバッターが
このブログで何回か登場した「もと、行儀の悪い、言うことを聞かない男の子」だったのだが
うちの娘が「あの子、この間まですごく悪ガキみたいやったのに、えらい印象、かわったな」
と言っていた。
実際、変わったと思う。
始まる前にちゃんと挨拶したし、連弾は完璧だったし、ソロもしっかり弾いた。
お母さんは大満足だ。
ついこの間まで、私もこの子がこんなにきっちりピアノを弾くとは思ってなかった。
ピアノの威力はすごいな、とか思った。

ひとつの行事が終わればまた新しい1ページが始まる。
「またやりたい」と思ってくれればいいな、と思う。

一緒にやってくださった皆様、本当にありがとうございました。
年齢、地域関係なく、また仲良く音楽をやっていきましょう。

# by nyanko715f | 2011-11-14 11:41 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(4)

発表会のプログラム

 明後日となった発表会。

先日キャンセルがあって「困った・・・・」と言っていたが
廻りの方の暖かい援助があって、客演を申し出てくださって
そこそこ演奏会としてまとまったプログラムが出来上がった。
当日の(私と生徒たち)の出来は不安があるけど
それは今後の課題として
暖かく手を差し延べて下さった人たちには感謝の気持ちでいっぱいだ。
(もちろん、それは終わってから言うことなのだけれど)
後2日、できるだけの練習をしてがんばります。

以下、当日のプログラムです。


1、 ・<連弾>第32番,
   ・第35番<バイエル>


2、 ・冬さん、さようなら<外国曲>
   ・第48番<バイエル>
   ・一週間<ロシア民謡>


3、 ・第93番<バイエル>
   ・第78番<バイエル>
   ・ゆかいに歩けば<F・メラー>


4、・<連弾>野バラ<ウェルナー>
   ・ソナタ第11番第1楽章より <モーツァルト>


5、 ・クシコスポスト<ネッケ>


6、 ・<連弾>組曲「ドリー」より   ドリーの庭<フォーレ>
   ・小さな練習曲<シューマン>
   ・6つのワルツ<シューベルト>


7、 ・<連弾>カノン<パッヘルベル>
   ・映画「タイタニック」より  愛のテーマ<J・ホーナー>
   ・祈り<賛美歌>
 
8、 ・人形の夢と目覚め<オースティン>


9、 ・六つのエコセーズ<ベートーヴェン>


10、 ☆ソプラノ  ・私は心に感じる<A・スカルラッティ>
    ・愛燦燦<小椋桂>


11、 ・ワルツop.64 No.1・2<ショパン>


12、 ・ソナタ第6番第1楽章<ベートーヴェン>
    ・ノクターン第20番<ショパン>


13、 「子どもの情景」より<シューマン>
    ・異国より
    ・重大な事
    ・トロイメライ



14、 ・アラベスク第1番<ドビュッシー>

# by nyanko715f | 2011-11-11 10:12 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(2)

困った・・・・・

困った・・・・
発表会は来週の日曜日である。
今日になって一人、出られない、と言ってきた。
先週にも一人、都合が悪い、と言った人がいる。
「え?発表会なのに?」とか思うが
個人の都合だからしかたない。

だけど、プログラムが空き空きだし
ごくごく少人数しか集まらないのもさびしい・・・・
はじめからこんな少人数の中、開催するのも無謀だったか・・・・。
が、出る人は楽しみにしているのでやらねばならない。

苦肉の策で
急遽、ピアノの先生のところにこの日、ちょっと弾いてやろうか
という人がいないか尋ねてみたが、すぐには、いなくて
それも失礼なお願いだった・・・・・と思う。
せめて先生のところへでも、「やります」という挨拶に行っておけばよかった・・・
後悔することしきり・・・・

こじんまりとやるか・・・・・
やらないよりはいいよね・・・・

# by nyanko715f | 2011-11-05 15:47 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(3)

エアコン騒動

普通エアコンをつければ部屋は快適になるはずだ。
ところが、この3年、エアコンでずっとイライラさせられっぱなしだった。
全然効かないとか、作動しないとかいうなら即修理も頼めるのだが
効いているような、効いてないような・・・・・だけど、
機械は動いているし、室外機も廻っているし・・・・・

で、面倒なので暖房は使うのを止めて灯油ファンヒーターにしてしまった。
が、次の年、クーラーにしたらつけてもすぐに「タイマー」変わってしまう。
これはおかしいだろう、と修理を頼んだら
見に来た人が「故障の箇所がわからない」と首をひねって、「また来ます」と帰ってしまった。
「そんなに考えなければわからないような修理なら
保証期間内だし、新しいものを付け替えた方が早いのでは?」と電気店に言うと
案外あっさり、「そうします」といって付け替えてくれた。

これで快適になる、と安心したのが2年前。
クーラーは効いていたと思う。ところが暖房はやっぱり前のと同じような状態なのだ。
効くような、効いていないような、という感じだから、今度はメーカーにみてもらうことにした。
そしたら、点検して「どこも悪くないですよ」という。
「そうですか・・・・・」と納得はいかなかったのだけれど、様子を見ることにした。
でも、その人が帰ってからは、それまでよりは「効いている」状態になった。
「あの人、ぜったい、なにかやった(直した)はず」と思うのだが
このごろ、修理をしても、メーカーに都合の悪いことは言わないものだ
と、車の修理工をしている息子が言う。

まあ、それが去年のこと。
今年の夏まではなんとかクーラーも使っていたが、それでもだんだん効かなくなった気がする。
10月というのにすごく暑い日、クーラーを入れたが全然効かない。
設定温度もどんどん下げた。
下げると効いているような気がする。
外気との温度差で動くものだから、しかたないか?と思うがそれでも
はっきり故障!と思えないのがイライラする。
で、ちょっと寒くなってきた日、暖房をつけてみたら、以前にもまして効かない。
もうとにかく、みてもらおう、とメーカーを呼んだ。

来た人にこれまでの事情を言うと、「それはガスかもしれませんね~~」と言い、
見てもらうと、ガスが半分ほどしかないと言う。
それは、(私は詳しいことはわからないが)配管接続の部品の一部に小さな傷があり
そこから少しずつガス漏れしていて、だんだん効かなくなってきたのだろう、という。

私の、「効いているような、効いていないような」という感覚は合っていた。
だけど、機械そのものが動いていたら、
それも最近は「インバーター」を強調されて、外気との温度差で省エネで動く
と言われたら、ぼ~ぼ~廻ってなくても「そういう機械です」と言われそうで
素人には、「故障」、とすぐに言えないところがある。
「クーラーのガス」などというものはぜったいにわかりっこない。
だけど、状況を言えばプロなら、原因の可能性ぐらいはすぐに考え付くのではないか?
と思うのだが、
私はこの「イライラした状態」をメールでも問い合わせ、電話でも言ったが
メーカーの窓口にこの可能性を口にしてくれた人はいなくて
「その説明では故障かどうかわかりません」と言われただけだった。

現に、去年見に来てくれた人もこの故障には気がつかなかった。
ちょっとクレーマークレーマー気の強いうちの夫はメーカーだけでなく
エアコンを売った電気屋にアフターサービスがなってない!と抗議の電話をした。
ガスが減ってきたら室外機は機械を動かそうと躍起になって空廻りしているはずだから
今までエアコンは効かないわ、室外機はブンブンまわるわ、で余計な電気代を払っていると言った。
事実、そうと思う。
結局電気屋は「お詫びに、新しいのと付け替えます」といい、今月末、また工事をするそうだ。
これでやっとイライラしたエアコン生活とは別れられそうなんだが
3年間いらいらした生活をしたとはいえ、3回もエアコン付け替えは
過剰クレームではなかったか?とちょっと自問する。

だけど今、車や家電など、量産され、故障が早くくるし、
それも素人に故障、とはっきりわからない故障があり、
メーカーは都合の悪いことは全然説明しなくなって、
しかし、言葉や対応はすごく丁寧で、クレーマーの言うことをじっと聞くが
「慇懃無礼」というのがぴったりの世の中になっている。
客の勝手な言い分を腹立つけど我慢して聞いて、
そしてまたどこかでその鬱憤をぶつける、という悪循環。
言うべきことはいえばいいのだが、どのように伝えるか
なんか難しいな・・・・・とつくづく思う。

# by nyanko715f | 2011-11-03 10:12 | 日常のつれづれ | Trackback | Comments(3)

先輩先生の発表会を見る

ピアノ教師の先輩先生の発表会があり、聞きに行ってきた。
教室を開いてからもう20年以上のキャリアがあり、生徒も30人を超える。
それもほとんどが小学生、幼稚園の子ども達だから、
人を掌握するだけでもどれほどの度量が要るか、と子ども苦手の私はほとほと感心する。
それでもますます生徒も増える一方で、評判は高い。

6年生にもなれば「亜麻色の髪の乙女」(ドビュッシー)や
「エコセーズ」(ベートーベン)を弾ける子どもたちまでいる。
低学年でもみんな暗譜で、堂々と難しい曲を弾く。
数年でこんな弾けるようになるのだ・・・・と感心を通り越して感嘆のため息が出た。

私も、無謀にも発表会をする、と急に決めた。
レッスンの延長上で、そのときやっているのをほかの人にも見てもらう、という程度のことだから
こういう本格的発表会と性格も違うといえば言い訳にも聞こえるが
発表会をするにはそれなりの教室の運営の形、というものがあるのだろうとつくづく思った。

こういう発表会をするには発表会にふさわしい曲をしなければならない。
この先輩先生が、バイエルやメトードローズなどを日ごろ使っているかどうかは知らないのだが
うちはこういう教科書を進めるのに精一杯でそれ以上に「発表会的曲」をさせる余裕がない。

レッスンの進め方はいろいろあるのでどれがいい、とはいえないが
「発表会的曲」をする(つまり教科書以上に曲らしい曲をする)ことと、
同じぐらいの年の生徒がたくさんいてお互いを知っている(競争が出来る)、
ということが、進度に大きく影響する、というのをひしひしと感じた。

生徒の進度は必ずしも教師の力量と同じとはいえないにしても
うちの生徒たちは1年でどれほど進んでいるのだろう?
かなり遅めであることはまちがいない。
まず、この先輩先生の生徒たちと比べたら練習量が全然違うだろうと思う。
うちの生徒たちはレッスンの時に「練習のあと」が全然見えない。
いってみれば、私は「練習をしなくていい」と思わせているような気がする。

「うちの生徒をもっともっと調教しなきゃあ・・・・」ということを思ったわけではない。
ただ、「違い」というものを感じただけで
私はたぶん、ずっとスローテンポの「練習をしなくていい」先生を続けて行くだろうと思う。
ただ・・・・・・
もっと子どもの可能性を信じなきゃ、・・・・・という気はした。

先輩先生のところは小学生の2年や3年で♯や♭のつく曲をバンバン弾く。
うちは「これは難しいね」と生徒が出来ないものに対して弁護しすぎではなかったか?
「このぐらいはできるよ」と生徒のやる気を喚起させるように
「出来て当たり前」「出来るように練習しなさい」みたいな態度が少なすぎたのでは?
いつも「いいよいいよ」「これは難しいね」と言ってやることが生徒の進む気持ちを止めていたのでは?

とか・・・・・まあ、いろいろ思った。

確かに・・・・・・子どものお尻を叩いて、もっともっと、というよりは
まあだらだらでいいから長く続けて。という方針は間違ってはいない。
私も叱られて練習してきたのではなく
優しい先生に甘やかされていたから、ここまで来れたような気はする。

だけど、(自分の中で)もっと省エネで、効率のよいレッスンを目指さないと・・・・・
と思った。
今は親切すぎる。時間をかけすぎる。
それが家では練習せず、ここで時間がかかる・・・・・という悪循環を呼んでいる。

無謀とはいえ、「発表会もどき」とはいえ、
それでも一堂に会して一回でもやってみれば少しだけ生徒の意識も変わるかもしれない
とは思う。

だけど・・・・・
生徒の進度の成果、ばかりを追う考えも正しいとはいえない。
私は何を目指してピアノ教室をやっているのだろう?

# by nyanko715f | 2011-10-24 11:07 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(3)

毎日、何をやっているのやら・・・

スーパーの仕事はまもなく1年になる。
始めた時は、こんなもん、続かんで・・・・
と思っていたもんだが、あっという間に1年が経ってしまった。

会社のシステムが変わり、新しいメンバーが加わり、
たった1年なのに入った時とはいろんなことが変わってしまった。
仕事も覚えれば落ち着いた毎日になる、と思っていたのだが
なんか、次々と問題が起こり、揉め事が起こり、
いつまでたっても落ち着いた状態にはならない。
だけど、その混乱を面白いと思えるようになった。

実は、ここのスーパーは物の置き場が全然整理されてない。
仕事の伝達も全然上手くいってない。
常に主任さん(中間管理職)が上に怒られ、我々に怒鳴り、
長い長い朝礼で、いつ果てるとも知れぬ小言を言う。

私は何回も先輩に、「ここの店って出来てからもう20年以上になると思うのですが
ずっとこんな感じなんですか?」と尋ねてみるが
「ずっとそうやな・・・・」と先輩は言う。
だけど、私はこのアナログ的集団の店が嫌いではない。
最新式の能力第一主義の管理職よりは
昔人間の主任さんの方がずっと好きだ。
同じことを繰り返して全く改善されない店の旧態依然の性質も結構気に入っている。
成績など気にしないのんびりとした田舎の学校の雰囲気とよく似ている。

「昭和30年代以前」の人たちが多い会社には多分、そんなところがたくさんあるだろう。

今まで夫と二人の工場では決して味わえなかった世間の空気を知ることが出来て
いっそう面白い人生になったな、とか思っている。

1日の始まりの5~6時間はこんな調子。

そして、昼からはピアノ教師になったり、伴奏者になったり
たまには工場のおばちゃんもしている。

数時間の小刻みな仕事をこなしながら、
それ以外の自分を磨く作業は何もしていない。
ピアノも最低限、やっているが
レッスンに行かないと、自分の中の復習では新しい風が入ってこない。
上に登ることは出来ない。
だけど、今の時間配分ではレッスンはムリだ。

せめて余暇に、本を読むとか映画や舞台を見るとか、
画期的なことをしようと思うけど、それもせず
空き時間は休憩してしまって、自分は停滞しているな、と思う。

停滞もいい。と思いたいが、人生の後半、なんかもったいないという気もする。
だけど、体力もなくなっているんだから仕方がない。

とりあえず、60まで仕事、がんばってみよう。
60すぎたらもう一回ピアノをしよう。
60からでも20年は弾ける。はずだ。(いったいいつまで生きる気だ?)

# by nyanko715f | 2011-10-20 19:24 | 日常のつれづれ | Trackback | Comments(0)

まずクレメンティをしっかり

K、331、をやりたい、と言って驚かせてくれたようこさんだが
「まだ早すぎる」という説得を素直に聞くところはいいところ。
バッハは「ファースト・レッスン・イン・バッハ」を選んでくれて有難かった、
といったところ、じゃあ、モーツァルトもソナタの前に何か勉強するものがありますか?
と訊いてきた。

それで、レッスンの時、
まず、モーツァルト、K、330を聞かせ、
それから、クレメンティ、Op、36-3のソナチネを聞かせた。
「このふたつ、似てると思えへん?」というと、「似てますね」という。

クレメンティがこのソナチネを書いた年は記されてないが
クレメンティの曲から発展させ完成されたのがK、330のソナタ、という気がする。
または、逆かもしれない。
それらが影響を受けた曲どおしかどうかは定かではないとしても
同時代の作曲家でお互いの曲を聞く機会があったとは思う。

思い込みかもしれないが、
クレメンティの練習曲をしっかりやると
モーツァルトのソナタを弾くのにひじょうに役に立つ気もする。
私はこの二人の曲は無関係ではないように思う。

だから、手が届くクレメンティの曲で前もって勉強して欲しいのだ。
いや、クレメンティだけじゃなく、クーラウでもいいが。

しかし、今、シューベルトの即興曲あたりを弾こうとしている人は
先生が変わったからと言って「ソナチネ」あたりに戻ることをなかなかしない。

だけど、子供のときにこれをやったからと言ってもそれは弾けただけ。
今ならもっとたくさんのことがわかる。

この曲を今から勉強する、という人に聞かせて
ああ、ええ曲や、これを弾いてみたい、と思わすほどに弾いてみてくれんか?

というと、はい、そうします、
とわりと簡単に納得してくれた。

前記のように「おだてた」、のではあるが
実際弾けば、ボロが出るところがいっぱいある、とふんでいる。
だけど、モーツァルトよりはマスターできることが多いだろうと思っている。

ようこさんは、即興曲もやれば出来るのだ。
しかし、小さい時からのクセか、または本人の性分か、
すべてのことが「細かいことは気にしない」で進んできた。
だから音も似たような音を弾けばいいと思っているし、リズムは勝手に変わるし、
アーティキュレーションは自分の思いのまま。
できないところはできないまま放っておく、だから、聞いていて気持ちが悪い。
リズムが揺れるので「船酔い状態」になることもしばし。

長年、好きなように自由に弾いていたのに
ひょんなことから、私みたいに細かいことをいちいち気にする先生に当たってしまった。
今まで言われなかった細かいことを逐一言う。
「ゴールドベルク」やショパンのソナタを触っていたのに
「真似事はやめて、ソナチネに帰れ」という。

楽しければいい、という趣味のピアノからすれば間違ったことを言っているのだろう。
だけど、いずれ、ピアノの先生になりたい、などと言っているとすれば
できるだけ正しいことを教えたい。
何が正しいか、は信じてもらうしかないのだが
突拍子もないことを言う割にはようこさんは私のアドバイスは素直に入れてくれる。
有難いです・・・・・

何もかも先生の仰せのままに、では面白くないだろうから
バッハぐらいは本人の好きなものをやらせようかな?と思っている。
若いのだから、あせらず、手の届くことから始めて欲しいです。

「自信は努力から」と天満宮からもらってきた鉛筆にそう書いてある。
とにかく練習の積み重ねですよね。(ようこさんだけでなく、私も!)

# by nyanko715f | 2011-10-13 16:18 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(0)

モーツァルト、K.331って無謀じゃない?

順調に進んでいる、ときのうは思っていたのだが
またまた出ました・・・・・無謀な計画。

ようこさんは今、シューベルトの即興曲、Op、90-2をやっている。
最初は滑り出すが、変ホ短調になったあたりから音は取れてない。
いつまでたっても正しい音が拾えてないので前回
「もう何回やってる?いい加減に正しい音を弾いて欲しいが」
といったら、そう言われたのがショックだった、と後にメールが来た。
出来ないところを出来ないままにしないでよ。といいたい。

それなのに発表会でこれを弾く、というから、「止めといて」と言った。

それは納得したが。さて・・・・・
シューベルトも終わらないうちに
この次、モーツァルトをやりたいと思っているのですが
出来れば、K、331をやりたいです。
それがだめなら、K、545を。とメールが来た。

次に何を弾こうか?と思うのは楽しみのうちだからまあいい。
だけど、モーツァルトはグループ分けして
最初にやるのはこれらの中から。
とチャンと言っておいた。
本人もそれはメモしてあって、「それには入ってないのですが」と断ってはいる。

「きらきら星」でどれほど(私が)苦労したか、思い出してよ・・・・
それの10倍ぐらい難しいよ。
テーマは弾くだけならだれでも弾けるかもしれないが
モーツァルトの音で弾くにはまず10年かかる。

スケールもままならぬのに、つっかえ、つっかえ、のモーツァルトはやめてほしい。
16分音符が出てきたら絶対止まるのに?
メロディが全然つながってないのに?
ときどき拍子まで変わるのに?(勝手に休みを入れたり、音符を短くしたりする)

うううう~~~もうちょっと考えてよ・・・・
段階。
自分の今の位置。

何でもいいから希望の曲をさせる。という考えもある。
だけど、どの曲をどう弾くか?というのは本人よりずっと正確に想像できる。
修正の仕様がないよ・・・・
バッハ、インベンションも2番でダウン。
3番は難しいと思ったし、本人もしんどがっているのでやりたいものを、
と言ったら、「フランス組曲、5番のガボット」をというのでそれは許可した。
あの曲がどれほど弾きにくいかも知らないで・・・・・

まあ、根競べですな・・・・
私もそうやって育ててもらったのだろう・・・・身の程知らずなことをいっぱいしてきたと思う。
30歳じゃ、そんなもんだった・・・・・

徐々にわかってもらえればいいのだが。

# by nyanko715f | 2011-10-06 16:14 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(0)

バイエル試験の駆け込み寺?

小学校教員志望の男子大学生さんが
「今度の試験でバイエル〇〇番を弾かなければならないのですが、ぜんぜん出来なくて・・・」
と言って教室に入門してきた。
学校での授業はせいぜい10分。独学でやっていたのだけど全然ムリ。とのこと。

こういう目標がある人は教室にとってはありがたいお客様。
喜んで手助けをさせてもらう。

独学なので、まず、大きい手の長い指が伸びたままで弾いている。
2ヵ月後に迫ったバイエルの試験曲を征服するのが差し迫った課題だが
すこしずつ、指の体操的なものを始めに5~10分やることにした。

指の番号は書いてあるが初見で音にする、というのも
慣れない人にはなかなか大変なことだ。
音を間違えたり、出来なかったりするたびに「すみません」を繰り返す。
謝らなくていいから、というのだけれど「すみません」連発。

「何で出来ないの!何回やってるの!」などとは絶対に言わないから安心して。
というのだが
どうも授業の先生は怒る人だったらしくて、そのクセがついているのか・・・

ピアノは初心者もそうでない人も同じことを繰り返す事が大事。
「どんなくりかえし作業をするか」が初心者にはわかってないので
こういう部分練習をしたらいいよ、と教えてあげれば、すぐにできるようになる。

「で、・・・・・この曲が何調かわかる?(答えはヘ長調なのだが)」というと
全然わかりません。というから、じゃ、楽典も少しずつしよう、
「だから、卒業までの2年間は通ってね」とアピールする。

ただいま10数人、の生徒さんたちとの時間は楽しく、ありがたいことだな、
と思う。
一番小さい4歳のおこちゃまには(私のやり方がヘタなせいで)苦労しているのだが
小学生以上はけっこう順調に進んでいるように思う。
だんだん弾けるようになってくるのを聞くのはとても嬉しい。

私もがんばります!
どうしようもなくヘタなショパンのノクターンを。

# by nyanko715f | 2011-10-05 10:14 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(0)

反省するしかない9月・・・

来月から心を入れ替えて、と言ったのは8月終わりだった。
その9月、今までにないほど練習しなかった。
言い訳すれば・・・・夏バテ。
弾く気力がないほどしんどかった。・・・日もある。
だけど大半はやる気のなさ。
これほどピアノ(自分の練習)と離れてしまったのは習って以来初めてだ。

それでも、ようこさんとの約束のショパンのノクターン5番を弾く日が近づいてきて
まあちかくになればできるだろう、ぐらいに思っていた。

実は昨日、生徒の一人が何か聞きたい、というので
ショパンノクターン1番を弾いた。
先日ようこさんの前で弾いて「淡白」と言われて納得したけど
音だけはちゃんと抑えられていた。
それが、昨日弾いてみると、生徒一人聞いているだけで手が浮いて、ぐちゃぐちゃ。
決めるべき音が全然決まらない。
一言で言うと、どこを押さえたらいいか、いたるところで戸惑う。

そして・・・・一人で弾いている時は改善されたように思っていたのに
また、横に人がいて弾く時、
ようこさんのときよりさらに「音に潤いがない」「まったく深みのない」ショパン。
ああ、自分はこれほどに弾けなくなっているのだ。と思った。
それが一人でやっているときにはどれほど出来ていないか気がつかない。

いまさらだが、
音はきっちり覚えなければならない。
それには時間が必要。
練習をサボればてきめんに出る。
基礎から崩れる。

ノクターン5番は少しずつ音を拾っていくが
1番よりさらに本来の曲から遠い。
これを人前で弾くなど悲惨な結果になることがわかっているが
それでもできるところまでやってみる。

気がつくのが遅すぎたが、来月からは本当に心を入れ替えてやろう。
このままでは弾けなくなる・・・・

# by nyanko715f | 2011-09-30 22:43 | ピアノ練習日誌 | Trackback | Comments(4)

ドビュッシーみたいなショパンのノクターン

きのうはようこさんのレッスンがあった。
レッスンのあと、約束してあったショパンのノクターン1番を弾いた。
何とか弾き終えて、こんなもんだろ、と思っていたら
ようこさんは「ドビュッシーみたいなノクターンですね」という。
ドビュッシーがどんなのか?というのに異論はあるかもしれないが
私の弾くドビュッシーみたいに、
淡々と、湿り気がなく、あっさりと、という感じで
いわば・・・・ショパンらしくないショパンであった、と言いたかったのだろう。
つまり、批判。

なるほどなるほど・・・・言われてみるとそうである。
艶っぽさがどこにもない。音自体にない。
嘆きもなし。誘うようなところもなし。
実にあっさりとしたノクターンだった、とこのたび初めて自分で気がついた。

そうか・・・・ショパンが自分から遠い音楽、というのはずっと以前からわかっていたが
ノクターン1番はそれほど不得意ではない、と自分で思っていた。
それは音符にはなっていた、というだけで、
音楽としてはなまめかしさが全然ない、つまり色気のないショパンであったのだ・・・

モーツァルトやドビュッシーが自分としては弾きやすいのは
音をクリアにしても成り立つからだ。
ヴィブラートなしでやっても聞けるからだ。

昔、言われたことがある。
私は長らくクラリネットをやっていたが、クラリネットという楽器はヴィブラートがない。
同じ管楽器でもフルートやサックスはヴィブラートをかける。
だから、クラリネット吹きは歌を歌ってもヴィブラートがないんだね、と言われた。

ピアノでヴィブラートなどはかけはしないが、
どんな音楽もたぶん、曲想としてクリアで、直截的な音を好むのだ。

それが色気のないいいわけにはなりはしないが
昨日弾いて、もし正当なショパン、という物があるとしたら
そういうショパンは絶対に弾けないな、と思った。
だったら弾かなければいいのだけど、勉強している限り、やはり避けては通れない。

う~~~ん、考えるが・・・・
「水」のようなショパンしか弾けないとしても、それはそれで自分の個性と思おう、
と、今の段階ではそう決めた。
聞いてて面白くもないだろうが、今は自分の音のショパンで弾き通そう、と思った。

それで、次は、性懲りもなく、ショパンノクターン、5番をやってみます。
楽譜を音にしただけのノクターン、と言われるか・・・・
そういえば、今までショパンでほめてもらったことがないな・・・・・

# by nyanko715f | 2011-09-17 16:54 | ピアノ練習日誌 | Trackback | Comments(0)

「言えない秘密」(2007年、台湾)

「海洋天堂」のレビューのなかで
「言えない秘密」という映画のことに何人かが触れている。
グイ・ルンメイという女優さんが両方に出ているのと、
製作者の一人が同じ、ということだったのだが
音楽学校の、しかもピアノ専攻学生の話、ときけば
これは見ないわけには行かないだろう、と久々、レンタル屋に行き借りてきた。

「海洋天堂」を大人の映画とすれば
「言えない秘密」はまさに青春映画。
出演者がちょっと年いってるので音大、に見えるが、実際は高校生で、
そう思うと、映画全般が若く、未完成な感じがするのも納得する。

ストーリーは普通の恋愛話に見えるのだが実際はかなり複雑。
(ちょっと無理があるところも?)
詳しくは「言えない秘密」なので触れないことにするが
あっといわせるには使い古された手法なので「ふ~~ん」ぐらいにしか思えないものの
それ抜きに、音楽学校での「ピアノバトル」という部分は結構面白かった。

ショパンの曲を使い、始めは
「え?台湾の音楽学生の実力ってこれぐらいなものなん?」という程度で始まるが
それをあれこれアレンジして展開していくと思わず聞き入ってしまう。
こういう音楽は大好きだし、日本の音大には欠けているものでもある。

ピアノバトル、といえば「海の上のピアニスト」にもバトルが出てきた。
あれほどの「死闘」ではないが、
この映画の中のピアノの場面はいかにも音楽学生の曲そのままではなく
ピアノを弾く楽しさが十分伝わってきて聞き応えがあった。

しかし、これは私自身の気持ちなのだが
「人生の中で恋愛がすべて」
という感情を卒業してしまっているので
残念ながら高校生の恋愛物語に単純に入り込めなくなっている。
もっと切ない気持ちを持っていられた若いころに見れば
この映画の点数はもっと高かったかもしれない。

わけわからんところもいっぱいあるのだが、
(たとえば、ピアノ演奏者がいなくなったピアノコンチェルトはどうやって曲を続けたのか?
とか、
今現在、シャオユーはどうなってるん?とか・・・)
映画でしか表現できないファンタジーであったことを大目に見て
ピアノが楽しかったので☆3つ+αということにしておこう。



# by nyanko715f | 2011-09-12 15:40 | 映画の話 | Trackback | Comments(0)

「海洋天堂」

ジェット・リーのすごいファン、というわけではないが
それでもこの人が出る映画なら見に行こうか、という気になる。
今回は、売り物のアクションなく、
(しかも、今までは中国物の時代劇ばかり見たが)
今回は現代の、ふつうのお父さんをする、というのだから
絶対見たい!と思い、上映の映画館を探して見てきた。

ジェット・リー扮するシングルファーザーのお父さんは
水族館に勤務し、自閉症の21歳の息子の世話をしているが
自分が肝臓がんの末期だということがわかって、
息子に一人で生きていけるように生活のことを教え始める。

しかし息子の方はなんとか少ない言葉を喋れるぐらいで
感情表現も上手くできず、身の回りのこともなかなかできない。

お父さんが亡くなるまでの数ヶ月、
実際には悪戦苦闘の日々なのだが、それを淡々と静かなタッチで映画は進む。

自閉症児に対して、廻りは、理想的なほど親切ではないが、
程よい理解はある。
距離感のある接し方のほうが、見ていて気持ちがいい。

日本とかなり事情が違うだろうが
中国は一人っ子政策のおかげで、
両親がいなくなれば他に世話する人がいない、という事態は十分考えられる。
子どもなら子供用の施設があるし、老人でも施設があるが
成人に達した人を受け入れる施設はほとんどない、という事実にも気づかされる。

なかなか深い問題を抱えるテーマなのだが
映画はあくまでも静かに、泳いでいる魚のようにゆったりと、物語を進めている。
しかし、動きが少ない映画なのに、時間はすごく短く感じた。
登場人物全員の上手さによる。

中国でもアクションや歴史物ばかりではないぞ、とアピールする映画なのだけれど
これが大きい映画館では採算が取れない、というのは残念なことだ。
こういう映画こそ、出来るだけ広がって欲しいのに。

美しい水族館の映像と、ジェット・リー親子の笑顔に心洗われる気になる。

さて、音楽は久石譲が担当している。
中国側から熱望されて起用されたのだろう。
評判も悪くない。
しかし、チェロ独奏の部分など、「おくりびと」の世界だ。
今までの久石譲の音楽より新しいものは感じられない。
こういう静かな映画だから音楽が映画を食ってしまうようなものはいけないと思うが
しかし、なんか、もうひとつ、新境地を開いて欲しかった。

中国風、などとは言わない。
「レッドクリフ」の岩代太郎は時代物だからあんなふうにして、
あれは大成功だったと思うのだが
同じようにとはいわないが、今までの日本のものとは違うところで、
なにか幻想的な、海亀の悠久の命を感じさせるようなものが欲しかった。

とにかく、こんなジェット・リーはほかではあまり見られないかもしれませんよ・・・
見たら絶対好きになる・・・・

# by nyanko715f | 2011-09-05 00:34 | 映画の話 | Trackback | Comments(0)

今月も練習しなかった・・・・

8月が終わる。
予告どおり菅が辞めて首相が新しくなったが
関心は「しんすけ」のことよりも薄く、
内閣の顔ぶれなど、だれが何の役なのか、全然知らない。
あまりにもころころ変わるし。
外国の報道官に笑われても仕方ないような気がする。

1年前、「鳩」に日本が変わることを期待したが、今は期待するのもやめた。
しかし、もういい加減、自分達の勢力争いは止めて、やるべきことをやって欲しい。
議員が多すぎる。
議員の給料は高すぎる。
天下りに使うお金が多すぎる。
世間はこんなに景気が悪いのに・・・

今年の夏も暑かった。
夏は好きな季節であったはずだが、いつしか暑さに弱くなって
体はずっとぐったりしているし、
いろんなことに腹立つのもなにもかも暑さにせいにしたくなった。

練習もしなかった・・・・
きのう、たまたまFMから「ウィーンの謝肉祭の道化」が聞こえてきたが
これを必死で練習していた過去の自分の気力が信じられないほど
今は練習の推進力が落ちている。
やっぱりレッスンに行き、課題をもらっていやがおうでも練習をしないとだめだ。

ようこさんに聞かせるフォーレの「舟歌1番」は終わり、
今週のレッスンではシャブリエの「スケルツオ・ヴァルス」をやることになっている。
この曲は自分に一番合う曲だと思って、今まで弾くのも嬉しかったが
今回取り出してみると、なんか「まぬけ」な曲になっている。
この曲の怖さがわかってきた(今までは怖さ知らず)ともいえるし
単に力が落ちているだけか・・・・・
たぶん、「いい曲ですね」とは言ってもらえない・・・・

きのう、声楽の伴奏に行って、先生が突然、
「ショパンのノクターン」を弾いてくれ、と言い出した。
1番か20番、といわれ、なんとか20番を弾いたが
それも練習していないと不本意な出来。
なんとか、形は作ったけど。
この曲に乗せて、自分で歌詞を作り、歌いたいのだという。
1番が一番好きな曲、というので、じゃあ、こんど練習してきます。と言った。
久々の1番だ。
どんな曲にもすぐに対応できるような実力が欲しい・・・・(絶対、ムリ!)

ハンマー投げ、室伏でないが、
結果を出すにはやはり、日ごろの地道な努力が必要だ。
地道に努力していても結果は出るかでないかわからないが、
努力なしに出るはずないのは当たり前。
1日15分のハノンを課題に、きっちり時間をとって毎日やることだ・・・
9月からはやろう・・・・・(ほんとに?)

# by nyanko715f | 2011-08-31 16:47 | ピアノ練習日誌 | Trackback | Comments(2)

どうでもいいことなのにTVを見せられている・・・

昨日の夜から島田しんすけ(どんな字かもとっさにでてこない・・)が引退する
というニュースばかりが流れてくる。
昨日の夜、「サラリーマンNEO」を見ていたのに
しんすけの速報があるとかで、夫に勝手にTVのチャンネルを替えられた。

別に好きでも嫌いでもなく、どうでもいいのだが
これだけTV番組を席巻している「しんすけ」が突然辞めれば
関係者はさぞ迷惑なことだろう、と想像する。
迷惑、どころか、必死になってあとがまや、番組継続の手当てを考えなくてはいけない。
それも計算に入れてなら、単なるしんすけの身勝手、
なんだろうけど
突然の引退にはもっと利害の絡んだ大きな理由があるのだろうと思う。
それを推測するのも無駄なこと、どうでもいいことと、と思いつつ、
仕組まれたような、面白くもない記者会見をずっと見ている・・・・・

どのチャンネルを替えてもこればっかりなんだからしかたがない。
TVとはそういうもの、と思わなくては仕方がない。

しんすけが番組などを私物化している、
(つまり、お気に入りの人だけを集めてレギュラーを与える)ということはよく思っていたが
TV界のなかでそんなことが一人でできるのかどうかよくわからない。
ただそれほどの力を持った人間に近い、ということはなんとなく想像できる。

しかし、上の人に気に入られるように振る舞い、
組織の中で居心地のいいところに自分を持っていく、というのは
どこの世界でもよくあること。
「ヘキサゴンファミリー」と呼ばれて、
そこで売れっ子になったものも非難の対象になったりするが
誰かの傘下に入る、というのはふつうのことなんだろうと思う。

「ヘキサゴン」は面白いところもあった。
少なくとも、自分のまわりをつつきあってわらいころげる「なんとか御殿」よりは
まだクイズをやる「ヘキサゴン」のほうがましだと思って見ていたが
しんすけより画期的なこともない「さんま」のほうが
タレント好感度一位を保ち続けているというのだから
今の世の中の嗜好はこういうものなのか、と憮然とする。
(注:憮然、はがっかりする、でありまして、決して怒っているわけではないよ!
 いまや、ほとんどの作家さんたちでも憮然、を堂々と『ムッとする』という意味に書いているが)

ま、そんなことはどうでもよく、
とにかく、自分の嗜好と世の中の嗜好とは何もかもが合うはずがない。
しかし、TVで流れてくる多くのものに影響を受けながら毎日生活している。
それが正しいかどうかなど判断する暇もないぐらいに多くの情報が流れてくる。

自分はその中でどんなところに基盤を置いて
何を信念として過ごしていくか、きっちり考えなければならない。
という自分と、
どうせ考えても、世の中の仕組みなど表に出るものはうそっぱちばっかりで
考えても無駄!
という自分がいるが、
結局は楽な方へ流れて行き、
ご飯のときには釈然としないTVをぼ~~っと見ている生活が続く。

# by nyanko715f | 2011-08-24 10:27 | 日常のつれづれ | Trackback | Comments(4)

バッハ 2声のインベンション

きょうは久々の終日休みだ。
どうやって過ごそう・・・・と楽しんでいる間にもう午前中が残り少ない。
休みの日は時間の過ぎるのがとても早い。

発表会開催のことをようこさんに報告すると案の定、めちゃくちゃはりきっている。
初めての人たちはどんなものなのか戸惑っている、というのがだいたいの反応だ。
場所も集会室みたいなところだからレッスンの延長、みたいなもので
気軽に集まり、気軽に出来ればそれでいい、と思っている。

発表会にもいろいろあって、
うちの先生のところは大きい曲が続出で、
上手く行かなければ裏で泣いている、というぴりぴりしたふんいきがあるが
前に参加させてもらっていた友達のところなどは
つっかえつっかえ弾いたとしても、どんな子どもにも「よく弾けたね~~」
と先生はニコニコしている。
ああ、こういうほんわかしたふんいきがいいなぁ~~とずっと思っていた。
うちもそんな感じでやれたらいい。が、とにかく人が集まるかどうかだ・・・・

発表会はさておき、
ようこさんが「2声のインベンション」に進んだので私も勉強しなおしている。

私がこれをやったのは小学校か中学校の時で
いったい先生はどんなふうに教え、自分はどう弾いていたのか、まったく覚えていない。
全音の楽譜でやったが
そのときの私はもちろん、楽譜に不満など覚えなかったし、
他の版があるなどとは知る由もない。

今、生徒に教えるのなら「全音」は使わない。
それは全音版の批判ではなく、ただただ私の「見易さ」の問題である。
他のバッハをほとんど春秋社でやったのでそれが見易くなっただけ。

しかし、今になって版を比べてみると
楽譜に忠実に弾けば曲が違うのではないか?と思うほど解釈が違う。
装飾音符が違うしアーティキュレーションも違う。

このことはインベンションに限らないが
もし生徒が自分が思うのと違う版の楽譜を持ってきたとしても
「楽譜に従う」というのは鉄則だから、持ってきた版で教えなければならない。
私も自分の選択での版で楽譜を持って行き、先生をだいぶ困らせたような気がする。
もちろん、私の先生はどの版にも対応してくれたが
私もそれができるように勉強しなくては・・・・・と思う。

さて、全音版は編纂はツェルニーがしているが
前書きは別の人が書いていると思うが署名がない。
私はこの版は使うのは避けたいが
しかし、前書きの中には
バッハを初めてやる人にはきっちりと言っておきたいことが書かれている。

10項目ほどあるが、特に
・極端にニュアンスをつけることは避けなければいけない
・トリルはきちんとした数で正確に弾かなければならない
・テンポ、リズムを正確に弾かなくてはならない
・横の流れが大切だが、和音としての響きにも十分注意しなければならない
・ひとつして無価値な音はないからどの音もおろそかにしてはならない

と、まあ、こういうことばかりをいっていたのでは
バッハを弾くのがいやになる人も出てくるだろうけど
少なくとも「こ~~んな感じ♪!」という単なるファッションで弾いてほしくないな
と思っているので、
「全音のこの部分をコピーしてバッハを弾く時の座右の銘にしなさい」
と言って、ようこさんに本を渡したら
「はい」と返事はよかったが、本はピアノの上に置いたまま帰ってしまった・・・・
あんたに特に聞かせたかった言葉なんだけど・・・・ま、いいか・・・少しずつやろう・・・

# by nyanko715f | 2011-08-17 11:30 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(3)

発表会!

私自身は発表会に限らず、人前で弾く、というのがすごく嫌いである。
だけど、私以外の人なら話は別。
教室を開いてまだ1年にしかならないけど、
この少ない人数の人たちだけでも集まって、弾いてもらいたい、と思う。

何人かにはその話をしてあって、場所を探していたら
「ようこさん」が調べて来てくれた。
もちろん、彼女は「弾きたい人、ナンバーワン」である。(そういう性格)
そこは私も考えなくはなかったところで、
料金が安く、ここから近い、というのにぴったり合う。
(ただ、私は貸してくれると思ってなかった)

「集会室」的なところだけれど、レッスンの延長と思えばここで十分と思い、
とりあえず、この秋の空いている日を押さえた。
賛同者が多ければやることになると思う。

まちがえようが、止まってしまおうが、そんなことはどうでもいい。
1年前、まったくピアノに触ったこともなかった人たちが多い中、
同じ教室の人たちがどんな風にやっているのか、わかればいいし、
人前で弾く、というのも経験しておいたほうがいい。

今年、短大幼児教育科に入った「はづきさん」も1年前は
まったくやったことがなかった一人で、
教室に来て、バーナム1、2、バイエル、シニアのための教本をやって
ピアノも弾けるようになったし、コードを覚えて伴奏付けも出来るし
最近はソルフェージュも始めた。

先日、短大で1回目の試験があって、暗譜でバイエル73番と
子どもの歌の弾き語りをやった。
どちらも上手く行ったらしく、教えている私もうれしかった。

幼児教育科に進学する人も何人かいるが
別に試験がある人でなくても
できれば人前で弾く、という機会はなるべくたくさん持って欲しい、
と私は自分のことを棚にあげて思う。

発表会、実現すればいいな・・・・・

# by nyanko715f | 2011-08-16 13:40 | ピアノ教室 | Trackback | Comments(2)

嬉しいことがあった・・・・

うんざりするような暑い毎日・・・
朝早いスーパーの仕事も定着してきたかな、と思っていたら
人が一人減るのでもっと時間を長くやって欲しい、とのこと。
今でも精一杯なのに、無理だろ・・・・とか思うが、
そうなればなったでどうにか続いていくものだ・・・・と思っておこう・・・・・・

毎日の日課をなんとかこなしていくのがやっと、と思っているきょうこのごろ・・・
なんかしんどいことばかりのような毎日の中で
きょうは嬉しいことがあった。

東北地方に住むペンフレンド(今はこの言葉も死語と思うが)から手紙が来た。
1年ぶりの手紙である。
震災の時、無事かどうか、まずメールで安否を問うたが返事はなく
どうなったのかすごく心配しながらもじっと待っていた。
混乱していて手紙は届かないもの、などと勝手に思い込んでいたが
もっと早くに手紙も出してみればよかったかもしれない。

しかし、きょうの手紙の状態では
震災だけでなくこの1年の生活はすごく大変だったらしく、
むこうから落ち着いて手紙をもらえる今日までそっとしておいて上げてよかった・・・とも思う。

ペンフレンドだからお会いしたこともない。
実は、お年も、お仕事も知らない。
しかし、今まで音楽、映画、本、舞台(演劇)など実に多くのことを教えてもらった。
好みは全然違うのだが、この人の批評は信頼できる、と思っている。

さっきも言ったが、ペンフレンド、というのはいまや死語になった。
今ならメル友、に当たるのだろうが、
雑誌などに「お手紙ください」を載せていてそれで知り合った人で
もちろん、すぐに消えた人も多くいるが
その後、すごく大事な友達になった人も多くいる。

とにかく、もう20年近くのペンフレンドなので、無事が確認できて
今も忘れずに手紙をもらえてすごく嬉しく思っている。
被害も甚大だったそうだが、今、また元気になって
本や音楽を楽しむ余裕も出てきたみたいで本当によかった・・・・

先日、私のピアノの先生が、
「親戚でも被災したものもいるので、無事にピアノが弾ける者は
それだけでもありがたいと思って精進しなければ・・・・」と言っていたが
本当にそう思う。。

# by nyanko715f | 2011-08-11 19:04 | 日常のつれづれ | Trackback | Comments(0)

「大鹿村騒動記」

先日、原田芳雄が亡くなって、そのニュースの中でこの映画の予告編を見た。
最近は見たい映画もなかったが、これは、見たい!と思っていたら
近くの映画館でかかっていて、見に行ってきた。

久しぶりに楽しんだ。
感動する、とまでは行かないが、映画の狙いもそういうのではなくて
見ている人に楽しんでもらえればそれでいい、という映画だったと思う。
大したことない邦画も多いが、これはいい映画だ。
原田芳雄は最後に本当にいい映画を撮った、と思ったが
原田芳雄自身はこれからももっともっと撮りたかったに違いない。

「釣りバカ」が終わって、どうしているのかな?と思っている三國連太郎も出ていた。
佐藤浩一、岸辺一徳、石橋蓮司、という日本を代表する俳優がいっぱい出ているんだから
悪いわけはないが、それでも「俳優の無駄遣い」と思う映画も多い中で
これはどの人の存在感もある。

原田芳雄の映画は結構見た気がするが、若いときは好きではなかった。
「祭りの準備」は私の年が足りなさ過ぎて全然わからなかった。

今でも、ファン、ではないが、
「父と暮らせば」とか「歩いても歩いても」とか(ごくごく最近だが)見て
え~~こんなに存在感のある人だったのか、と思った。

日本は喜劇を作るのがヘタだというが、これは結構喜劇の中で上位にランクされると思う。

そうそう・・・・・
最後のキャストを見て気がついたのだが、加藤虎ノ介が出ていた。
一緒に見ていた夫は気がついて、その場面、「おっ!!」と言っていたのだが
私はそれは三國連太郎がでたからだ・・・・とかと勝手に思っていて気がつかなかった。
あ~~~惜しいことをした。
「ちりとてちん」のあと、見かけることがなく、残念に思っていた。

「地デジチューナー」をサービスでつけて廻る役所の人だったが
彼が来てくれるのならうちにもつけてほしい・・・・・
いっときは「エアコン」をつけてまわる工事人(の役)をCMでやっていたがそれもなくなって・・・
もっとテレビ、映画に出て欲しいなぁ・・・・

ともかく、「大鹿村騒動記」、面白いです!!


# by nyanko715f | 2011-07-24 18:19 | 映画の話 | Trackback | Comments(0)

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