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カテゴリ:落語とか文楽とか

  • 価値ある500円
    [ 2012-01-21 01:14 ]
  • 文楽新春公演 「道行初音旅」
    [ 2012-01-14 00:39 ]
  • 落語会で笑えない・・・・
    [ 2011-07-12 23:51 ]
  • 「近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)」
    [ 2010-11-14 23:43 ]
  • 山澤由江さんの訃報
    [ 2010-02-15 01:42 ]
  • 林家染丸、還暦の会
    [ 2009-10-05 01:56 ]
  • 4月文楽公演「義経千本桜」
    [ 2009-04-20 01:29 ]
  • 新春文楽公演 新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)
    [ 2009-01-13 01:18 ]
  • 豊松清十郎襲名披露文楽公演
    [ 2008-11-24 00:20 ]
  • 「宿屋仇」
    [ 2008-08-21 01:15 ]

価値ある500円

思いがけなく(朝の)仕事が3連休になった。(教室は休みじゃないけど)
おまけに、年末年始、よくがんばったので来月には有休までくれるという。
それに気を良くして、出不精の私がまた日本橋まで出かけた。
先日の「義経千本桜」をもう一度みたい、と思ったからだ。
ひとつきに2回も文楽にいけるほどのご身分ではないのだが
幸い「幕見席」というのがある。
これを使うと「道行初音旅」なら500円で見られる。
場所は会場の一番後ろの端になるが
文楽劇場はそれほど広いところではないので一番後ろでも十分である。
それにそこは中央の席からは一段高いところになるので
前の人の頭が邪魔になるなんてことはなく、全体が見渡せていい場所である。

これほど一流の芸能を500円で見られる、などというのは
世の中にそうあるものではないと思う。
もっとも好きな者にとって、だけの価値だけど・・・・

文楽はたいていの人が「人形がやる時代劇」と思っている。
それはそれで合っているのだが(たまに現代物の脚色もあったりするが)
人形が舞台に居ない時間はあるが、三味線がなっていない時間はない。

文楽の三味線は太夫さんの歌の伴奏であるときもあり
語りの合いの手でもあり、物音や空気など
ありとあらゆる役目をする。
三味線は一人のときもあり多ければ5人並ぶこともある。
筝や胡弓が加わることもある。

影で鳴り物(打楽器類)や細棹の三味線が入ることもある。

私は毎日西洋の音楽を勉強しているが
日本の古典音楽は実に不思議なものに思う。
楽譜に書けるような節もあるにはあるが
音符で表せない微妙な高さの音や抑揚があり
リズムも何拍子とはいえない変化に富んだ進行をする。

こういうものに比べると西洋音楽は実に単純明快と思う。
人間の声や弦楽器などは音符の間の音も自由に出せるけど
ピアノに限って言うと
鍵盤はきっちり区切りがあるし
楽譜に書いてある決まりごとを忠実に守ればいちおう形になるので
日本の古典音楽をやるよりは(初歩の段階では)易しいように思う。

「呼吸」(息)だけで音楽を進めていく日本の古典は
飛びぬけて、奥が深いように思う。
自分には雲の上の存在みたいなので余計、魅力的に思える。

幕が上がるのを待つきょうのひととき・・・・とても幸せな気分だった・・・・

by nyanko715f | 2012-01-21 01:14 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

文楽新春公演 「道行初音旅」

このごろは出かけるのが前にもまして億劫になっている。
買い物など、よほど必要でないと出かける気がしない。
たまに運動代わりに散歩を兼ねて少し遠くのスーパーまで歩いたりするが
それも出かけるのにかなりの決意が要る。
だから、1月の文楽公演も行きたい気持ちはなくはないが
行くのには大いに決断が要る。が・・・きょうは思い切って行ってよかった・・・・

文楽は1年に4回、定期的な公演がある。
が、いろいろ事情もあるのだろうが、出し物は大体決まっていて
「義経千本桜」などは1年か2年に一回は回ってくるのだが
それでも毎回見たい!と思ってしまうほどこの演目は魅力がある。

今は桐竹勘十郎の忠信がすごくいい。
「初音旅」と「河連館」の間に数回の早変りがあり、宙乗りもあるので
かなり体力を消耗すると思うが今、いちばんいい。
それに今回は静を豊松清十郎が遣う。
これも、けなげでかつ気丈、という見ていて気持ちのいい静である。

見所満載のこの演目は文楽を始めてみる人には絶対、おススメだ。
人形だけでなく、人形遣いの着物も一瞬のうちに変わるんですぞ!
それに「忠信」が舞台のいろんなところから出没する、という仕掛けも
(ミーハーまるだしだけど)楽しくてうきうきする。

それ以上に心躍るのは「音楽」である。
文楽の語りと三味線を「音楽」といってしまうのは間違っているかもしれないが
きょうの「義経千本桜」ともうひとつの「壷坂観音霊験記」を見た(聞いた)後は
オーケストラのコンサートでシンフォニーを聴いた心地に似ている。

「道行初音旅」のたて三味線は奇才(もしくは異端児)といわれる鶴澤清治だった。
久しぶりに見たが、ちょっと年をとっているけど、相変わらずカミソリみたいにピーンとした音で
あたりにも張り詰めた空気をかもし出している。

勘十郎の活気、清十郎のたおやかさ、、研ぎ澄まされた清治の三味線は
ミスマッチみたいなのにそうではなくて、見事に混ざり合って充実感いっぱいの舞台になった。
来てよかった・・・・・と思った。
これはTVやDVDではだめなのだ・・・・ここに来てこの空気の中にいなければ・・・・

きょうの上演プログラムに「いしいしんじ」という作家の人が
書いている文章の中にこんな一節があった

(中略)人間は自分の意志で生きているようにみえ、じつのところ、意志も考えもまったくないままこの世にうまれおち、その後も、自分ではどうにもできない波に押されるとおり、動かされ、運ばれ、結ばれ、わかれ、そしてある日倒れ、動かなくなる。背後に大きな黒い人形遣いがいて、虚空で三味線が響き、雷の言葉で一生を語られているようなものだ。人間の生は、そのまま文楽に写し取られている。(後略)


文中に「雷の声」というのがあるが
これは、この人が始めて文楽を聞いたとき、太夫さんが「喉の奥に雷を飼っているような声でうなり始めた」
と感じたらしいが、なるほど・・・・うまいことを言うな・・・・と思った。(作家だから当たり前か?)

そうか・・・・私も遣われている人形のひとつか・・・・そうかもしれない・・・・

by nyanko715f | 2012-01-14 00:39 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

落語会で笑えない・・・・

久しぶりに落語を聞きに行った。
レッスンの時間を変えてもらって、万難を排して行ったのに、・・・・あまり笑えなかった・・・・やばい・・・

落語会はよく行く時は2~3ヶ月に一回は行っていた。
きょうは約半年ぶりで、めったにかからない話だというので行ってみたのだが
あまり笑えない。
噺家さん達が悪いのではなく、それぞれよくやっている、と思うのだが
私が笑えないだけ。

このごろは以前あんなに見ていたお笑いの番組もめったに見なくなった。
たまに見ても面白くない。
心から笑う、ということがない。

見たいと切に思う映画もなし、聞きたいと思う音楽もなし、コンサートもなし。
う~~ん、なんでこんなに心が動かないのだろう・・・・

知り合いが旅行に行く、とか行った、といえば、羨ましいとは思うものの、
じゃあ自分も行きたい、とは思わず、めんどくさい、と思ってしまう。
日常も、家事をあれこれしないといけないのに
たとえばご飯を食べていたら、その次の動作に移るのが面倒で、
終わってからも、全然見たくもないTVを見続けていたりする。

つかの間の休み、どこか行くか?と言われても、
どうしてもしなければいけない買い物でもなければ、行きたくない。と思ってしまう。
娘も夫も、よくあちこち買い物に行く気になるな・・・・・と感心する。

まあそういう時期もあるのだろう、とは思うが、もうそんな風になってだいぶ経つ。

まあ、それでいいか・・・・・
無理に元気を出そうとしても出るもんじゃなし。
無理に精神を奮い立たせようと思っても出来るもんじゃなし。

しかし・・・・声楽の伴奏、できないな・・・・・
がんばれば手が動くようになるのだろうか?と今頃言っている・・・

by nyanko715f | 2011-07-12 23:51 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

「近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)」

久しぶりに文楽に行った。
「近頃河原の達引」の演目があると絶対に見たくなる。

ちょっと余談だが、きょう、知人に「何を見るの?」と言われて
「堀川波の鼓」と言ってしまった。
「近頃河原の達引」も京都堀川が舞台で、堀川猿回しの段、がはいっているが
「波の鼓」はまったく別の狂言。
もしも詳しい人なら「何を言ってるんだろ?」と疑問に思ったかも。
私の勘違い。

道具屋の若旦那、伝兵衛は祇園の遊女、おしゅんと契っている。
そのおしゅんに横恋慕した勘左衛門は伝兵衛を罠にかけ、亡き者にしようとしたが
逆に伝兵衛に切られてしまった。
事件があって、奉公先から実家に戻されているおしゅんの家は
母は盲目であり、兄の与次郎は猿回しをして貧しい暮らしをしている。
母は自分の病気も気にかかるが、実家にもどっているおしゅんの元に
咎人の伝兵衛がくるのではないか、と心配している。
母も兄も、伝兵衛は客であり、お前は関係ないのだから、
もしも訪ねてきても、そのときは絶縁状を突きつけるように。と言いくるめる。

そして、ある晩、伝兵衛がやってきた。
伝兵衛はひとりで死ぬつもりで、一目会いたいとだけ思ってやってきたのだが
おしゅんが絶縁状として書いた手紙は
実際は自分の決心と家族へこれまでの感謝を書いた遺書に当たるものだった。
たとえ遊女であろうと、契った人を裏切るのは女の道にもとる、という。

今まで、娘の命ばかりを案じていた母も、娘の心情をくみとり
添い遂げればいい、というが、
しかし、鳥や畜類でも子どもは可愛いもの、
先に死んだとなると親は生きている心地がしないから、どうか二人で逃げ延びてほしい
どこかでは生きていてほしい、という。

今まで伝兵衛を憎んでいた兄の与次郎も、二人を許し、はなむけに
猿回しのサルに「お初徳兵衛」の物語をさせて送り出そうとする。

芝居の話にはしばしば「人の道」と言うのが出てくる。
遊女に入れあげて、とか、人にだまされて、とか、
好き勝手やって「人の道」もないもんだ、というところもあるにはあるが
義理とか人情が絡み合う中で、
誰の立場もちゃんと立てる、という筋書きにしてある芝居をみると
何百年も上演され続けて来た価値のある物語だな、と思う。

筋立ても素晴らしいと思うが
この演目でもっと素晴らしいのは音楽である。

文楽の義太夫節には、特に時代物は
「うぅ~~うぅ~~~・・・・・」といううなっている部分が多く、
言葉も判りにくくて重苦しいものもある。
しかし、世話物になると太三味線であっても、軽快で、心浮き立つような節も多い。

特に私が文楽の中でも一番すきなのが「猿回し」の音楽である。
サルの人形を使うので動きもユーモラスだが
それにつけてある音楽が、古今東西、どんなものにも引けを取らない名曲だと思う。
ヨーロッパの古典にも絶対に負けない。

西洋で言う長調と短調。日本で言えば陽旋法と陰旋法になるが
これが微妙に交じり合って、リズムも、これまた何拍子とかいう西洋の物ではないはずみがある。
とにかくよく出来ている。

その軽快な音楽が終わるか終わらないうちに
おしゅん伝兵衛は「詞(ことば)もこの世で聞き納め・・・・」という義太夫に乗り
母と今生の別れをして去っていく場面は涙なしには見られない。

by nyanko715f | 2010-11-14 23:43 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

山澤由江さんの訃報

東京旅行記を書くつもりだったのですが
きょう、ネットで、去る2月7日、
お囃子の第一人者、山澤由江さんがお亡くなりになった記事を見て驚いた。
日ごろは裏方のお囃子さんだが、染丸師匠の会では舞台上でもお見かけした。
派手さはないが、しっとりとした持ち味の印象的なお囃子さんだと思っていたが
ここ数年うつ病を患っていて、今年になってからはお仕事もされてなかったらしい。

しかし、落語家さんたちの中でもそれを知らなかった人が多かったらしく、
改めて、「うつ」を患う本人と家族が抱えた苦しみはいかばかりだったろうと思う。

2月6日、ご主人である笑福亭仁勇さんが帰ってきても姿が見えず、
ずっと探し回って、翌朝、ご主人自身が由江さんのお姿を発見されたそうだ。
その辺の詳しいことは笑福亭仁勇さんのブログに書いてある。
「にゆう・わーるど」

涙なくしては読めない。

また、ちょうど、今が一人娘さんの高校入試の時期だったらしいが
「お父さんは死なんといてな」という娘さんの言葉にもう一度泣かされた。

「3人であった家族が突然2人になって戸惑うことばかり。」
というお気持ちは察するに余りある。

由江さんは染丸師匠の一番弟子で、もうあの三味線を聞けないと思うと残念でならない。
心よりご冥福をお祈りする。

by nyanko715f | 2010-02-15 01:42 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

林家染丸、還暦の会

きのう、林家染丸、還暦の会があり、国立文楽劇場に行った。

30分ほど前に地下鉄の駅を上がり、劇場に近づいた時、
前方から人が走り寄り、私たちのすぐ前を歩いていた男性に色紙を差し出した。
差し出された人は、ニコリともしなかったが、さして迷惑そうでもなく
道の端っこの方で色紙にサインしている。
だれか、落語家さんか・・・?と思い眺めていたら、夫が「鶴瓶や!」という。
え~~!全然わからなかった。
お供(?)も連れず、フツーのおっさん風に歩いている。
あれだけTVで見ていていても、実物ってわからないものだ・・・・・

まあ、そんなことはともかく、・・・・・会場は補助席が出るほど超満員。
(文楽でもこれぐらい入ってくれたらいいのに・・・・・)

幕が落とされたら一門の16人がずら~~っと並んでいる。
拍手が鳴り止まず、司会の花丸がなかなか第一声を切り出せないほど。

林家染丸は高校途中で先代に弟子入りしたが2年後に師匠が他界。
兄弟子だった先代林家小染も交通事故で急死して
ある時期林家一門は風前の灯だった。
それをこれほどまでに盛り立て直したのは、ひとえに染丸師匠の功績といっていい。

会は大盛況のうちに進み
後半、爆笑歌舞伎「釣女」の一幕。
歌舞伎役者がやっても爆笑物の演目だが、これはれっきとした舞踊劇。
常磐津の名曲である。
ここに醜女役で出てくるのが会場の前で出会った「鶴瓶」である。

私は、落語家なのに落語が出来ないこの人を余り好きではなく、
マスコミでもてはやすのを苦々しく思っていたが、
染丸師匠は大事な会にこの人を選んできた。
実際、狂言のほかの出演者がしっかり踊っているのに
鶴瓶は足運びも出来てないし、ほかの人との絡みもむちゃくちゃである。
しかし、この人は「顔」というか、「姿かたち」が芸人なんだろうと思った。
舞踊がちゃんと出来てなくても、舞台で役を務めることが出来る顔があるのだ・・・・
きっちり踊れてなくても、鶴瓶の参加で大いに沸いた。
お客さんは大喜びである。

落語家さんたちは噺をするのが一番の仕事であることは間違いないが
林家一門の人たちは舞踊、三味線、鳴り物などをしっかり習っているので
この人たちだけで十分、りっぱな下座も出来る。
(他の門下の人たちも手伝ってましたが。)

この一門の人は阪大出、獣医さん出身、とか
NHKの記者、博物館の学芸員を捨てて入門してきたような人たちがいる。
収入の安定した華々しい地位を捨ててここに来たというのは
それだけ師匠の魅力があるのだろうと思う。
そして、しっかり芸を身に付けている。

染丸師匠には嬉しい会になったことだろう。
還暦を、
自分の芸と、支えてくれる人たちで飾れる、というのはなんと素晴らしいことだろう。

自分も、60とか70の節目で、まさか、大々的な成果が見せられるはずはないが
ささやかに、なにか誇れるものを身に付けたい。
人に発表しなくていい。自分の中だけでいいから、
なにか、ここまでやってきた、というものをつかめたらいいな、と思う。

by nyanko715f | 2009-10-05 01:56 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(2)

4月文楽公演「義経千本桜」

国立文楽劇場が出来てから25年になるらしい。
その前は「朝日座」という小屋でやっていて、
二十歳そこそこのころに朝日座で一回だけ文楽を見た。
そのころは歌舞伎にはまっていたので、文楽を全然面白いと思わなかった。

それから10年ほどして友達に誘われて
国立文楽劇場で二度目の観劇をし、
それから歌舞伎から文楽にすっかり興味が移ってしまった。
ある日突然好きになる、というのはあるもんである。

今月は「義経千本桜」の通し。
文楽でも、歌舞伎でも一番多く観た演目だろうけど
何回見てもまったく飽きず、面白い。
いろんなタイプの話が混ざり、見所満載のまことによく出来た作品だと思う。

夜の部だけを観たが、
夜は「椎の木」「小金吾討死」「すしや」「道行」「川連法眼館」の段。

「すしや」は権太が縄をかけた妻子を引き渡す場面あたりから涙を誘う。
となりに座っていたにいちゃんは盛んにハンカチで目をぬぐっていた。
いつも思うのだが
権太の思惑はどこまであったのだろう・・・・・?
弥左衛門に討たれるのを予測していたのだろうか?

妻子を渡したのだから、権太も生きているはずはないと思うので
殺されなくても自分で死んでいた、と思ったりしたけど
梶原はわかっていて権太の妻子を連れて行ったので
ひょっとしたら妻子の命は助けたのでは?と思う。
としたら・・・・権太一人が理不尽な目にあったのではなかったか?

まあ、作品の「もし・・・・・」を考えても仕方がないので
あれはあれでそんな風に成り立っている話なんだ、と思おう。
忠義の上に忠義を重ねた話。
権太自身はこれでよかったのかもしれない・・・・・・

さて、休憩を挟んで、こんどは華やかに吉野山の道行き。
なんとこの季節にぴったり合う演目なんだろう!(感嘆文)
「恋と忠義はいづれが重い、かけて思いははかりなや~~♪」
で始まる心躍る三味線のテーマが一段落すると幕が落とされ
そこは桜が一面に咲き誇る吉野山。
蓑助の静は一段と美しい。
そして桐竹勘十郎の忠信の若々しく躍動的なこと!
今、この組み合わせが最高のペアだ。
蓑助の忠信も見たことがあるが、できれば静のほうがいい。
権太の悲劇を振り払うように、ため息が出るような華麗な舞台。

そして最後の「川連法眼館」。
ここは桐竹勘十郎の狐忠信の独り舞台。
キツネになり、忠信になり、「孔明」という頭に火焔の着物になり。
舞台のどこかしこから消えて、また出てくる趣向あり
人形遣いの早替りもあり、けれんを堪能できる舞台である。
最後はキツネの勘十郎の宙吊りで桜いっぱいの空に舞う。
やっぱりこの演目はこの時期に見ないといけない。

歌舞伎でも最近はあまりやらないが
ひところ、よくやっていて、いろんな役者で見た。
文楽は歌舞伎以上に人形を持ち替え、自在にけれんが出来るので面白いが
歌舞伎には最後のほうに「竹田人形」というのが出てくる。
義経を討ち取ろうとして出てきた僧兵だが、これがこっけいで
そのときの音楽もひじょうに面白い。
歌舞伎をすっかり見なくなって久しいが、
もし、(今の)三津五郎なんかがするのだったら見てもいいなあ・・・
こんなけれんはしないか・・・・・・?

よけいな話になってしまったが、夜の部で休憩を挟んで5時間15分、
まことにけっこうな4月公演だった。
今まで知らなかったのだが
文楽にも「一幕見」というのがあるらしい。(今日行って、知った)
「道行初音旅」も「川連法眼館」も一幕だけだと1000円で見られる。
そんなものがあるのなら「道行」はもう一度見たい。
東京の歌舞伎座の一幕見は3階席の立ち見だったけど、
文楽はどこで見るんだろう・・・・?

by nyanko715f | 2009-04-20 01:29 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

新春文楽公演 新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)

新版歌祭文、という外題は
歌舞伎でもこの中の「野崎村」だけがよく上演される。
ほかの段を見たことがなかったが
今月の文楽公演は「野崎村」の前に「座摩社の段」と
野崎村から帰った後の「油屋の段」が続く。

見ごたえがあり、面白いのでその段だけが独立してたびたび上演される、
というのは
クラシックで言えば、モーツァルトのトルコ行進曲だけを演奏したり、
メンデルスゾーンの「結婚行進曲」とか
シューベルトの「菩提樹」を単独で演奏する、というのと同じようなものだ。
単独でも十分、味わえるのだが、
しかし、その前後に物語がある。
あらかじめ知っていると有名な場面はいっそうよくわかり、
また、その後、どうなったか、を知れば、また面白いのは当たり前の話なんだが
上演する方にもいろいろ事情があって、「通し」は出来ないのだろう。

私も「野崎村」は歌舞伎で何回も見た。
だけど、その前後の話はきょう初めて見た。
あまりの意外な展開にぶったまげた。

「野崎村」の中にも、油屋の丁稚「久松」は
久作の妹が乳母をしていて、親が亡くなったので久作のところに連れてきた、
というセリフはある。
大事なことなんだが、これを聞き逃していた。
そして、久松が野崎村に連れられてきた事情も
その前のところをちゃんと見せてくれたのでよくわかった。

久松は、奉公していた油屋の娘に気に入られたので、
朋輩の小助はそれをねたみ、久松を横領の罪に陥れた。

野崎村では久松の冤罪は晴れないのだが
次の「油屋の段」をやってくれると物事は相当展開する。

久作の妹が奉公していたというお屋敷は和泉の国の泉州石津。
(おお!わが地元ではないか・・・・)
たかが丁稚、と思っていた久松は実は石津藩の若殿。
油屋で働いていた酒飲みで乱暴者の勘六は実は・・・・(これはぶったまげる)
言ってしまうと、将来、「座摩社の段」を見る人に先入観を与えるので置いとく。

だから、油屋という、たぶん、油製造所の商家であったはずの舞台が
最後は侍の立場の登場人物がおおくなり、空気が一変する。
これも芝居としてはよくある趣向だ。
もう話はむちゃくちゃなのだが、見る人はキツネにつままれたみたいに
ふ~~ん、そういうことか・・・・・と見てしまう。

だけど、若殿になってしまった久松とお染はどうなるのだろう?
と気がかり。
最後の最後はやっぱり心中することになるらしいけど・・・・

見てびっくり、の芝居だったので、話を追うだけの公演評になってしまったが
住太夫は「野崎村」の切り、で登場した。
初めはこの人の語りを聞いているはずなのに
そのうち、人形がセリフをしゃべっているような気になり、
劇に溶け込み、住太夫の存在が消える。

これは落語の名人でもこういうことがあるらしい。
米朝の芝居話などは本人が消え、登場人物が浮かび上がるという。
「私は、誰が出てきても私でしかないんですわ」と下っ端の落語家さんが言っていた。

「野崎村」の最後、歌舞伎は屋形船とかごを見送った後、
それまで毅然としていたお光が「ととさん」と言って泣き崩れ、
そのあと「チョン」と析が入って幕になる、と記憶している。
(あまりにも昔に見たので違っているかも?)
ここは涙なくしては見られないのだが
文楽では久作とお光の引っ込みの後で船とかごだけの場面になった。
泣いてしまわなくて良かった・・・・・

さて、きょうは成人式もあり、新春でもあって着物姿の観客がいっぱいいた。
文楽などは客席にも華やいだ雰囲気が欲しいので、
本来は見るほうも着飾って行くほうがいい。
私ももっと余裕が出来れば和服で行きたい。
そのためにはまず、着付けから習わないとダメなのだが
自分も文楽をより一層楽しむ努力をしたいと思った・・・・

by nyanko715f | 2009-01-13 01:18 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(2)

豊松清十郎襲名披露文楽公演

伝統芸能は名前を継いで行くが、昨今、歌舞伎や落語の襲名が多い。
これだけ多いと、名前を継ぐ実力が熟した、というよりは
単なるイベントになっているような気がする。

その点、文楽の襲名、というのは少ない。
その世界の絶対数が少なく、継ぐべき名前も少ないからだと思うが
今月は、その数少ない襲名披露公演が文楽劇場でかかっている。

前にもブログに書いたように思うが
文楽は歌舞伎などと違って、名前を継ぐのは血縁ではない。
だから、素人から入門して、がんばれば大きな名前も継げる。
数年前、桐竹勘十郎が親の名前を継いだがそのほうが稀である。
歌舞伎などはその家に生まれなければ大きな名前になれないし、
反対に、大きな名前の家に生まれたら、その重責を負うというのも大変なことと思う。

今回襲名した豊松清十郎は中学の時、12歳で入門したそうである。
学生服を着て、学校の帰りに師匠の下に通っていた、という。
以前の野沢錦糸のときにも思ったが、
そんな年のとき、自分で決めて入門し、
師匠の名前を継げるというのは本当に立派である。

近年、とみに良くなっていた。
人形の動きがやわらかく、
え?この人、こんなに上手かったっけ?と気になっていた。

襲名披露狂言は、重鎮たちが一堂に会する。
今回の「八重垣姫」も
勝頼を師匠の蓑助が、濡衣を吉田文雀が、
上杉謙信を、兄弟子の桐竹勘十郎が手伝う。

そして、「奥庭の段」は左を桐竹勘十郎が、足を吉田勘弥(と思うが)が遣う。
こんな豪華キャストは襲名披露でなければ見られない。

外国人の観客も多く見られたが、どんな人にも、
奥庭の、キツネから姫と、人形が変わるたびに
人形遣いも早代わりで衣装が変わる面白さもあるし、
三味線と琴を合わせた音色の面白さ、
音楽と動きの迫力は十分伝わったのではないだろうか?

やっぱり、行きたいと思った公演は行ってよかった!
感激した・・・・・・
文楽は伝統芸能の中ではひじょうに地味な分野であるけど
料金は安いし、観る人もお行儀よく観ていて気持ちがいい。
まさしく世界遺産だ。
きょうは堪能した・・・感激して、気が抜けてる・・・・

by nyanko715f | 2008-11-24 00:20 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)

「宿屋仇」

ええ~~きょう、先日NHKで放送された「ちりとてちん」の外伝、
「まいご3兄弟」を録画しておりましたのをやっと見ました。
本編の中でも一番人気のあった四草(しぃそう)を主役に書いた40数分のドラマですが
これに田村亮が加わり、なんとも面白いものに仕上がっておりました。
舞台で鍛えられておりますので四草の虎之介くんは人を引っ張り込む力がありますな。

さて、この話、落語を好きな人ならすぐにお気づきでしょうが
「宿屋仇」という落語のネタを下敷きにしております。
小説や映画のネタはここで話すとまだ見てない方にお叱りを受けますが
落語なら話の筋がわかってもなお楽しい、ということで
きょうは宿屋仇を簡単にやらせていただきます。

大阪日本橋のあたりに昔、宿屋町、というところがありました。
そこにある「紀州屋」をいう宿を一人のお侍が訪ねて参ります。
ウォッホン! ゆるせよ、
身共は明石の藩中にて万事世話九郎(ばんじせわくろぉ)と申す者じゃが、
前夜は岸和田城下にて宿を取ったところ、狭い部屋に大勢泊まり合わせ、
夜通し、経を読むものあり、ご詠歌を上げるものあり、いちゃいちゃするものあり、
寝られんかった。今宵は静かな部屋へ案内いたせ。
と、番頭、伊八に心づけをわたし、2階へ上がりました。

そこへあとから、やかましゅういうてやってまいりましたのが
源やんこと源兵衛、清やんこと清八、喜ぃ公こと喜六の3人連れ。
こともあろうに最前のお侍の隣の部屋へ通ります。

これが芸者を上げて、わぃわぃわぃわぃお賑やかにやっておりますと
先ほどのお侍、「伊八ぃ~~伊八ぃ~~」と番頭を呼びます。
わしは静かな部屋を、と申したのにこのありさまはなんたることか!
と叱られ、伊八は「どうぞ、お静かに」と言いに行きますが
そんなことを聞く御仁ではございません。
「なんじゃい、なんじゃい、お静かがよかったら芸者あげる前に言わんかい!」と強気。
そこを、むこうはお侍様ですぞ。と何とかなだめ、
3人、いったんは布団をひいたものの、相撲の話になってまたどたんばたん。

そしたらまた、「伊八ぃ~~伊八ぃ~~」の声。
伊八は、「どうか、お静かに。」と隣にお使い。

3人は、相撲の話はいかんな、そんなら、色事の話でもしょうか、
ということで源やんが語りだす。
小間物屋の源やん、高槻藩の小柳彦九郎様のお屋敷にいったところ、
「これわこれわ小間物屋、今日は旦那殿は留守なり、
女中どもは皆宿下がり、わらわ一人が徒然(とぜん)の折、ちとそなたに誂え
のしたいものがある。どぉぞこちらへ上がってたも」と奥方がじきじきにでてきよった。
奥方の勧めで奥へ通り、酒を呑み、
「そなたを一目見た最初から、ても良い殿御と、思いそめ・・・・」
という奥方の口説きに負けて、いちゃいちゃ。
そこへきたのが、殿の弟、大造という家中きっての遣い手。
「やぁやぁ、姉上には淫ら千万、
不義の相手は小間物屋、そこを動くな」とばかり、刀を抜かれ、
源やんは、庭に転がり出たところ、追いかける大造がすべって転んで、
刀が源やんのところへ飛んできたがな。それを持ったらもうあとは無我夢中。
大造を切って捨て、
しかし、奥方は
「こうなってはここにはおれぬ。この金子を持って連れて逃げてたも」
とばかり追いすがる。
女連れでは逃げることもままならぬ、と奥方も手にかけ、
わいは金子だけ持って逃げたがな・・・・
色事するんやったらこれぐらいのことはせんとな・・・・という話にあとの二人は感心し、
「源やんは色事師、色事師は源やん、源やんは色事師~~~♪」と言っているところへ

伊八ぃ~~伊八ぃ~~

またかいな、わい、この呼び声にうなされるわ。と言いつつ、伊八は来る。
「それがし、万事世話九郎と名乗ったが、まことは高槻藩家中の小柳彦九郎。
今宵、ここで、妻と弟の仇に出会うことが出来た。
いや、めでたし。」
「それはおめでとうさんで。それで、その敵の名は?」
「隣りの部屋に泊まり居る源兵衛と言えるやつ。妻、弟の敵に間違いなし。
今宵踏み込んで仇を討とぉ!!」

伊八は隣の部屋へまっしぐら。
「もし、この中で、源兵衛とおっしゃるお方は?」
「こいつやで~~この色事師や!人二人殺して・・・・」
「しぃxxxxxxxxxxxxっぃ!、隣のお方、その高槻藩の小柳彦九郎といぅお侍でっせ。」
「なんやて~~?!!」
「今宵、仇を討つ、いうて、いうてはりまっせ。」
「ええ~~なんやて!こわぁ~~~
うそや、うそや、この間、耳にした話を自分のことみたいに言うただけや
うそや、いうて、言うてきてえな・・・」

「もし、お侍さん、全部嘘や、あれは人から聞いた話や、いうていうてますが・・」
「黙れ、黙れ、黙れ! 嘘などとは卑怯未練なやつ。猶予はならん、これへ
踏み込んで討つ」
「しばらく、しばらく、しばらくおまちを。手前どもの宿で血が流れた、ということになりますと
後々の商売にも差し障ります。どぉぞそこのところをお含みの程を……」
「ん~ん……、さよぉであった、しからば斯様(かよぉ)いたそぉ。
明朝正巳の刻、日本橋に於いて出会い仇といたそぉ。
それなら当家に迷惑もかかるまい。
喜六、清八の両名も、ついでじゃ邪魔臭い、三人ともズバッといてしまお。
それまであの三名の命しかとその方に預け置くぞ、
一人(いちにん)たりとも逃がしなば、家内中撫切りじゃ、左様心得。」

これを伝えて、当の3人。もう大騒ぎでございますが
声を立てる段ではございません。
青菜に塩のごとく、しゅ~~ん、としまして物音もしなくなりました。
さて、明朝。3人の運命やいかに?



by nyanko715f | 2008-08-21 01:15 | 落語とか文楽とか | Trackback | Comments(0)