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ごあいさつ

<ごあいさつ>

当ブログをごらん頂き、誠にありがとうございます。
2010年あたりまで町工場での仕事の傍ら、ピアノとか、ガーデニングとかいろいろやってました。
のんきに過ごしていたのですが、不景気風に吹かれて、家業が傾いてしまいました。
それで、2010年夏、「ピアノ教室」を開業し、頑張っておりますが、これでは追いつかず、
スーパーでパートもしています。

職業もいろいろ、趣味もいろいろで、あちこちに話題が飛ぶ落ち着かないブログですが
どうぞよろしくお願いいたします。

2007年、10月よりこのエキサイトでお世話になっておりますが
その前半年ほどは楽天ブログに書いておりました。
そちらの方も合わせて見て頂ければ幸いに思います。
# by nyanko715f | 2020-01-01 00:00 | Comments(7)

草津~石部(旧東海道)

伊勢街道終わって次は東海道編。
前回、京都三条から石山までは往復歩いたので、
その続き、石山から手原まで歩いた。(2019、2,24)
草津までは順調だったのだけど、そこから迷ってしまい時間をロスした。
(普通の人ならぜったいに迷わない、一本道だし。よほどのまぬけだ・・・)
それのリベンジでもあり、それより、
駅そばの草津川がいま、すごくすてきな公園になっていて、その桜がみごとそうだったので
桜の季節、ぜひここを見たい、と思っていたこともあって、4月7日、草津駅に行った。
草津は東海道と中山道の分かれ道になり(しらなかった!)
駅近くは街道の雰囲気を残し、資料館など見どころがたくさんある。
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少し(京都方面に)もどったところにある「立木神社」は由緒ある立派な神社だ。
ふつう「こまいぬ」がすわっているところが「しか」になっていて神のお使いとして祀っている。
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今公園になっている草津川はこの日、桜まつりで滋賀県の高校が次々とコンサートをしていた。
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桜並木は期待通りすばらしく、とても気持ちよく歩けた。
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街道は公園からは一筋違う道を通るが、「神宮寺」からまた川の方に出る。
そこで「草津宿橋」を通って「六地蔵草津線」という県道に出るのだが
前回、神宮寺から橋と反対方向に行ってしまって迷い、遠回りになった。

草津宿橋は国道1号線を越えている。
で、なんと、この草津宿橋、先日(2019年)3月に完成したもので
前回は工事中だったのだ。
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                   (できたばかりの草津宿橋。これで国道1号線を越えます)
ここを抜け、川に沿って(土手の下を歩く)道なりに(くねくねしながら)六地蔵を目指す。

街道筋には田楽茶屋の「古志ま屋あと」がある
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また、ひょうたんで有名らしい目川というところがある。
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                   (ここはひょうたんの販売をしているそうです)
また「川辺」という地名を「かわづら」と読むのもめずらしい。
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                  (これは知っている人でないと読めない・・・)

やがて再び国道1号線が見える「葉山川橋」のあたりは「上鈎(かみまがり)」という地名が出てくる。
ここに「足利義尚(9代将軍)、鈎の陣」の碑があり、句碑がたくさん建っている。
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草津線の手原駅を左に見ながら、稲荷神社を過ぎ、
いくつかのお寺をみながら「六地蔵の一里塚」に着く。
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ここは日本橋より百十七里目(ざっと468キロ)(まだ500キロ近くもあるのかぁ~~)
ここに「和中散本舗」の屋敷跡がある。
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(小堀遠州作の庭園は予約してみせてくれるらしい)
和中散とはおなか痛の薬で、道中薬として重宝したらしい。
シーボルトも立ち寄った、と書かれている。

ここを過ぎ、名神高速と交差するところで、ずっと家が立ち並んでいたのがやっと途切れる。
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(交差地点にあった桜の大木)

あとは草津線の線路を左に見ながら石部駅にと進む。
石部駅の前には「石部宿」のモニュメントがある。
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駅前にいるバスがあまりにもかわいかったので写真を撮った。
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次回はここ石部から出発する。

追記:草津から石部は約10キロ。見学、休憩しいしい歩いて約4時間ぐらいです。







# by nyanko715f | 2019-04-11 16:43 | 街道めぐり | Comments(0)
2日目。
昨夜泊った「エースイン松阪」の朝食バイキングは予想していたよりはるかによかった。
洋食、和食、どちらもメニュー豊富で満足できる。

昨日終わった櫛田駅に到着したのは午前9時ごろ。
街道筋にもどるがすぐに櫛田川にぶつかり、車と同じ橋を渡る。
祓川をわたってまもなく「外宮三里」の道標があり、泣いても笑ってもあと12キロだ。
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松阪では「百五銀行」というのが目立っていたが
(ちなみに香川県で銀行といえば百十四銀行。これと同じと思う)
斎宮支店のこの巨大な置き石が威厳を示している。
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斎宮というのは「源氏物語」の六条の宮、だった?
近鉄線の向こうの方の「歴史博物館」に行けばもっといろんなことがわかるのだろうが
今回時間なくて眺めただけ。
その斎宮にゆかりの竹神社は街道筋にある。
手入れが行き届いた立派な神社だ。
ここの石積みに、どれもつき出たものがあるのが目を引く。
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その先に「六地蔵石幢(せきどう)」がある。
六角の石塔の中に仏像が彫られている。
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ここからそうめんやがあったといわれる「そうめん坂」を過ぎ、
「明星」という集落に入る。
「外宮二里」の道標がある。あと八キロだ。
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いよいよ伊勢市に入る。

「へんばや」という店がある。
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実は店より先に駐車場とりっぱなトイレの方が目についた。
店は進行方向左手にあり、昔ながらの店構えをしている。
「へんば」とは「返馬」。「駅」のようなものかな?
ここで名物のお餅を買うが店内で食べるとお茶も出してくれ
このお茶がとてもおいしかった。いい休憩になる。
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                          (へんばや裏の大もくれん)

ここから「新出」という集落に入る。
街道に面した切妻作りの家々が並び、いかにも街道の風情がある。
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小俣という小学校を過ぎると「札の辻」
「紀州藩高札場」の石標から左に曲がり
「参宮人見附」というところに来ると、いよいよ終点も近いなという感じがする。
この先、宮川の手前に自動車学校があり、この看板に思わず笑ってしまった。
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看板に偽りなしなのか、路上教習の車が列をなして出て行った。
ここの向かいの台湾料理の店でお昼にしたが、
ここのランチの量ははんぱなかった・・・(夜ごはんが食べられなかった・・)

宮川は川幅も広く、土手には来週あたり桜の風景が広がるのだろう。
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(この風景、見たかったなあ・・・)
昔は渡し船しかなく、「桜の渡し」と呼ばれたそうだ。

やがて「筋向橋」に出る。
道の真ん中に橋がある、という体だが、川は地下になっているらしい。
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伊勢本街道との合流、先には熊野街道との合流地点もあり、
当時は参詣のひとであふれかえっていたことだろう。
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外宮、正しくは「豊受大神宮」というらしく、
内宮ができて500年後に天照大神の食事をつかさどる神、として
丹波の国から迎えられた豊受大神、をまつっているらしい。
衣食住すべてにかかわる産業の神様、とガイドブックに書かれてある。
このなかをさっとお参りして、外に出ると内宮行きのバス停がある。
内宮の道を尋ねると「バスはここですよ」と教えてくれたが
歩く、というと50分ぐらいかかります。という。
へ~~そんなもんか?と思ったが、実はバスの道がそんなもんで、
実際には街道をたどったので2時間ぐらいかかった。

市役所を過ぎ、「おだのはし」という橋を通り
「古市」という集落に入りる。
この行程で初めて「上りの道」がでた。
(中川から)ここまではほとんど平坦な道だったから2日歩き続けていても
足はさして疲れてない。が、ここにきての上りの道はとても長く感じた。
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                   (この灯篭に少しだけいやされる~~)

近鉄線を下に見る道路の端っこに「油屋あと」という標石がある。
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見逃したが「おこんと孫福斎の比翼塚」というのもあったらしく
説明書きを見て初めて「ああ、これが芝居の伊勢音頭の油屋か・・・」とわかった。
福岡貢が刀に魅入られ次々と人を殺していく芝居である。

さて、息も絶え絶えの寸前、やっと宇治惣門跡」の標石、猿田彦神社が出てきて
人も増えてきた。
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そういえば・・・この街道筋、歩いている人にはまったく出会わなかったなあ・・

「おはらい町」「おかげ横丁」にはいればもっとにぎやかだったのだろうけど
お店は後から見るつもりで、23号線の車通りを歩いた。
とうとう「宇治橋」に着いた!
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伊勢神宮は2回は来ていると思うけど、前にきたときのことなどすっかり忘れている。
中を歩きながらへ~~こんなところだったのか・・・と感慨を新たにした。

朝9時から歩きはじめて(休憩も入れてだが)内宮到着は5時すぎ。
そろそろ日暮れの様相になった。
桜の季節には少し早かったが中に2本、満開に近いほどの桜があった。
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ゆっくり参拝を終えて鳥居の外に出ると図ったように入口が閉められる。
伊勢参り、終結にふさわしい幕切れだった。
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外に出るとあらかた、店もしまっている。
そりゃそうだろ・・・金比羅さんも参道は5時には閉まったのを忘れていた!
すっかり失念していて、今回はお土産店を散策することもなく駅へのバスに乗る。
五十鈴川の駅で電車までの時間をつぶそう、と駅についたが、駅には何もなし。
電車の時間までまだ1時間以上あるよ~~
つくづく、大阪の感覚で駅ビルとか施設とかを考えてはいかん!と反省した。

とにかく伊勢へ歩いてたどりついた。
感慨はあるようでないようで・・・・
さて次はどこを歩くかな~~~~



# by nyanko715f | 2019-03-28 14:32 | 街道めぐり | Comments(2)
2016年、3月、玉造神社に祈願し、歩きはじめた伊勢街道、
そのときの記事に「3年はかかるだろう」と書いた(らしい)が本当に3年かかって
やっと伊勢に到着した。
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                                (内宮、正殿前の筆者です。)

2016年8月に伊勢中川(松阪市)に行ったとき、
「次の行程は1日半ぐらいなので、松坂に1泊して。」
と予定を立てていて、(まだ仕事は辞めてないけど)今回連休を取って
(10年ぶりで)1泊の旅行に出た。

近鉄特急で伊勢中川までは1時間チョイ。
半年かけた行程も電車ではほんの少しの時間である。
伊勢中川の駅から少し南の街道筋は「小川」という集落になる。
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ここから「嬉野」「津屋城」という集落を過ぎて
「三渡川」(みわたしがわ)の土手に出た。
この「三渡橋」というところが「六軒」というところで
初瀬街道の終点になる。
「六軒」というところは街道の分岐点(合流点)であり、
その昔
「明日はお立ちか、お名残りおしや、六軒茶屋まで送りましょう~~」と
と、伊勢音頭に歌われたほどにぎわった街だったらしいが今はひっそりしている。
分岐点にあるはずの道標、常夜燈がみあたらなかったが
今、三渡橋の架け替え工事がおこなわれているのでどこかに移してあるらしい。
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                                 (架け替え工事中の三渡橋)

ここから「伊勢参宮街道」となるが最初は「市場庄」という集落で
家々に屋号がかかげてある。
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通りはひっそりしているが並んでいる家は連子格子の立派な家ばかりである。
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市場庄から近鉄線をまたいで久米という集落を通り過ぎると
松阪に入る。
松阪大橋の手前に「須川金物店」という老舗らしい店があった。
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橋を渡るといよいよ松阪の本宿にはいり、にぎやかになってきた。
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松阪は豪商の街として有名だが
戦国時代ころに近江から商人を連れてきて街づくりをし商人の町として発展していったそうだ。
城址の方には本居宣長の記念館とかあってみたかったのだが
今回は伊勢にたどり着くのが目的。
その日の行程はまだまだ先があるので見学はまたの機会にする。

「三井家発祥の地」の遺跡は街道筋で見ることができる。
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三井家はのち江戸に出て越後屋、すなわち「三越」になる。
たしか、日本橋の三越本店に「ライオン像」があったように思うが
この松阪にも同じ「ライオン像」が置かれている。
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きょう泊まるホテルは駅前にあるのでそこに荷物を置き
ひじょうに身軽になって再び街道に戻る。

松阪のまちは驚くほど飲食店が多い。
通りにはほとんど人がいないのにこれほど店が多いのが不思議に思える。

そのほとんど人が通ってない街道筋を道なりに「垣鼻」「神戸」
という集落を抜けていく。
一筋むこうの広い道は車がびゅんびゅん通っているが
ここの街道筋はお寺、神社、道標がある静かな通りである。
時刻は夕方で、日も陰ってきており、
3月終わりとは思えないほど寒い日でもあったため、
もう少し防寒をしてくるんだったと悔やまれた。
その日のノルマの終着駅への道を急ぐ。

JR「徳和駅」を過ぎたあたりに「外宮四里」の道標があり
外宮は終点ではないけど、やっと目的地に近付いてきた感がある。
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「豊原南」という交差点から近鉄の櫛田駅に向かい
今日泊まるホテルのある松阪まで電車で戻った。
中川から櫛田まで約5時間。15キロぐらいかな~~

松阪に戻り、あまたの飲食店の中からネットで評判だった「梅一」という
和風居酒屋へ行ってみることにした。
通りにはあまり人がいないのになんでこんなにたくさんの店?とずっと思っていたのだが
店の中は土曜の夜ということもあるが満席。人があふれている。
そうか・・・・みんな店の中にいるんだ~~とか思った。
予約なしで断られるか、と思ったが、「席が空いたらお電話します」というので
じゃあ、商店街でも見に行こうか?とぶらぶらしかけたら
5分もしないうちに電話があった。
お通しに出た「あさりの酢味噌あえ」をはじめ
どの小鉢も料理も薄味で丁寧に作られていてしかも、安い!
こりゃ、満員になるはずだ・・・・
たまに「大将のサービス」と称して、つきだしやお吸い物が来る。
二人でたらふく飲んで食べて、一人分のコース料理ほどのお会計。
大いに満足して、すぐそこのホテルに帰った。
あしたはいよいよ目的地、伊勢に到達する。


# by nyanko715f | 2019-03-26 13:38 | 街道めぐり | Comments(0)

グリーンブック

久々に見たいと思う映画が出てきた。
予備知識は何もなく、だれが出ているのかも知らず、
天才ジャズピアニストの話、というだけで見に行った。

まず、音楽は非常に楽しめた。
ただ話が話だけに、最後の方までやりきれなさが続く。
それが最後の一言で氷解する。泣かされる。

制作○○億という超大作のエンタメ映画もアメリカならではだけど
こういう、静かに現実を見つめ、コメディタッチで
少しでも世の中を啓蒙するような社会派映画もアメリカならではのものだと思う。
久しぶりにいい映画を見た。

で、タイトルバックを見ている時に「??」と思った。
知らずに見ていたし、気がつかなかった・・・
終わって出てきたときにほかの人が話しているのを聞いて
「そうだよね?主役って、リングに出てた人だよね?」と初めて気づいた。
何とまぬけ・・・・なんだけど、
リングのアラゴルンのおもかげなどどこにも見当たらなかったし。
いやすごい俳優さんだ・・・あのアラゴルンがこんなにダサい、でたらめなオヤジになる?
もっとも、あのアラゴルンの姿ではドクターが友達になろうという気も起らないだろうが
だから・・・・あのキャラじゃなくてはならないんだ・・・

おなかの出た、行儀の悪い、物の言い方も知らないイタリア野郎のトニーと
物静かで端正で学のあるドクターシャーリーの対比。

ネットの映画評論の中で、
ヨーロッパで日本人(アジア人)として差別された経験を持つ人の話を読んだ。
人種差別というのは習慣、文化であり、するほうは良い悪いの判断でしているわけではない。
映画の中でも「決まりですので」「いままでそういうことがありませんので」を繰り返す。
あの、ナット・キング・コールでさえホテルで食事ができなかったという。
その現実を受けいれ、自分の地位を築く。
アンドレ・ワッツなど、どれほど努力したのだろう?

それにしても、いまさらだが「友情」っていうのはいいな・・・
今相手が何をしているだろう?どういう気持ちでいるだろう?
とおもんぱかること。
そして、共有する時間を心から喜ぶこと。
そういう人を持てればそれが人生最大の幸せに思える。




# by nyanko715f | 2019-03-06 11:40 | 映画の話 | Comments(0)
年明けて、この冬はインフルの予防注射もしたし、いけてるな、と思ったとたん、
1月中ごろ、のどの痛みから始まり、徐々に症状が出た。
熱は出なかったし、咳もひどくはなく、はなが出るに至って、
ぐずぐずとだが寝込むほどにはならないうちに10日ぐらいで去って行った。
そのうち、娘も風邪になり、私よりずっと重症だったようだ。

調子も悪くなかったので、それからまた歩きに行ったり、
ピアノもがんばらねば、と思っていた。
だいたい、冬の間に一回風邪になればもうその冬はいける、と思っていた。
早く軽く済んでよかったな、と思っていたのだ。

ところが、2月になるかならないかのあたり、
またのどがおかしい。2回も風邪になるか?といぶかっていたが、
こんどは前の風邪とは全く違う感じで咳が出始めた。
咳が出ると止まらない。ごほごほえづいてしまうほどになるまで止まらない。
レッスンの途中、何か言おうとしてせき込んでしまい、
何人も生徒(プラス親御さん)に迷惑をかけた。

咳こんだ後、こんどはめまいが襲ってくる。
ピアノを弾いていて、めまいがしてわけわからなくなる。
どうしてか?と考えてみると「目」が鍵盤のあちこちや楽譜に移ると目が回ってくる。
たかが風邪、なのに、こんなに行動を制限されるのか?と情けなくなる。
自然と寝る時間が多く、残り少ない人生なのに寝て過ごしてもったいない。と思う。
が焦ってもしかたない。

この祝日を挟んだ連休、「東海道を歩く」計画で休みを取っていた。
懸案であった「タブレット」、子供が買ってくれて、接続してくれて
使えるようになっていた。地図もちゃんと出る。
(もっとも、見慣れてないので、まだプリントアウトしたものの方が見やすいのだが)
なのに、「ひきこもり」になってしまった。
娘はまだまだ「風邪中」であるはずなのに、薬を飲みながらも連日遊びに出かけている。
このあたりが年の差なんだなあ・・・

食べるものも全然おいしくなくて、世の中の楽しみのかなりの部分を損している。
じっとして、この災難が通り過ぎていくのを待つしかないか?
だいたいは健康で通してきたので、
せいぜいこのぐらいの足踏みで愚痴などぜいたくすぎるとは思うが。

# by nyanko715f | 2019-02-11 09:44 | Comments(0)
新春文楽公演 

第2部
「冥途の飛脚」「壇浦兜軍記」

文楽や歌舞伎など古典に出てくる人物には典型のタイプがある。
すぐ恋に落ちる、短絡的、義理や忠義のため自己犠牲をいとわない、剛胆、
慈悲深いか無慈悲、権力志向、などなど。

登場人物がどんな人、というのを
まず太夫さんが語りで示してしまう、というのも文楽の面白さの一つ。
たとえば、「兜軍記」の
裁判官のような畠山重忠は「智仁の勇氏」であり、
それの補佐官みたいな岩永左衛門は「邪智佞奸の2面性のある悪者」と
登場してきたときにいわれてしまう。
これほど善悪をはっきり決めてしまうのはわかりやすい。

しかし、世話物(そこらへんの人の話)はそうではない。
「冥途の飛脚」に出てくるこの店の養子、忠兵衛は大和(奈良)の富農の家から
大阪の飛脚屋(お金の送金などを受け持つ老舗)に養子に入り、
しばらくはまじめに働いていたのだが、そのうち遊女、梅川に入れあげるようになり
店のお金に手をつけ始めた。
それを心配した友達の八右衛門は遊女屋に行き、忠兵衛は横領していて
それがばれたら死罪になるからもう来ても近寄らせないでほしい、と頼む。
しかし、それを陰で聞いていた忠兵衛は腹立ちまぎれに預かっていたお金の封を切ってばらまき
これで梅川を身請けする!と息巻いて、二人で逃げる。
もちろん、「横領」だから死罪となるので心中するつもりで逃げる。

は~~~人間というのはこうしたものなのかなあ~~と思うものの、
それは善悪とか、倫理とかでなく、
業というか、なりゆきというか、
周りの人は同情とか憐れみとか、ひょっとしたらあこがれとか、
どっちにしても「ワイドショー的感覚」でこの話を見て楽しむ。

この友達の八右衛門、芝居では仇役、完全な憎まれ役に描かれたり、
本当は友達のことを思ってわざといやなことを言う役、に描かれたりする。
近松もどういう役、とあえて決めてないといわれている。
今回買ったプログラムの中で
「八右衛門のことは『贅(ぜい)こき』といわれている」とかいてある。
『贅(ぜい)こき』というのはいわゆる「ええかっこしい」のこと。
忠兵衛のともだち面して、頼みを聞いていいところをみせたい、
また、遊女屋で店の者たちに横領を暴露したうえ、
親切ごかしに、あいつのために店に入れないで、と男気をみせたり、
ともかく「ええかっこしい」であると。
心から悪人ではないのだけど、それ以上に、自分をよく見せたい。と。
これを読んで大いに納得。

ああ、こんな人、まわりにもいるいる、というのが芝居の面白さでもあるんでしょうね。

でも、結局は自分の短慮で梅川も道連れにし、
養家にもすごく迷惑をかけ、あとのことも考えないで死んでいく忠兵衛は好きじゃないから
心中もの、っていうのはなんかむなしいよなあ・・・・

そこへいくと、「阿古屋琴責め」も絵空事ではあるのだけど、
こっちは琴、三味線、胡弓、と音楽が堪能できるから
お話の方は二の次でいい。
今回、去年襲名した織太夫の美声がとても気持ちよかった。
この人がますますうまくなり、
先ごろ亡くなった鶴沢寛治の孫、寛太郎くんが立三味線になる将来が楽しみ。

年末年始の喧騒も終わり、日常が戻り、
まず、年始には百舌鳥八幡、方違神社まで18キロぐらい歩いた。
今年は仕事の量を減らして、もっと遠くまで歩きたいと思っている。
とりあえず、伊勢までの街道を完結すること。
高野山も到達すること。を目標にして、
できるなら東海道とか熊野古道とかも少し先まで行きたい。





# by nyanko715f | 2019-01-07 11:17 | Comments(0)

今年の「としのくれ」

年のくれが「臘」という字であることを去年のブログに書いた。
そういえば「ろうばい」というのは今まで花びらが「ろう(蠟燭のろう)」みたいな感じだから「ろうばい」、だと思っていたが、
年の暮のこの時期に咲くから「ろうばい」なのかも?と思った。
ま、そんなことはどうでもいい・・・・

去年のとしのくれに「おがわみちこさん」という人のことをTVで見て、
私もしっかりピアノを弾こう、などと思ったことはすっかり忘れてしまっていた。
ともかく今年はいつもにもまして「何もしなかった年」だった。
何の変化もなかった。
私自身にも周りにもなんの変化もない。
何もしなかったことにおいては「もったいない年」であったのだが
特別いいこともなかったかわり、悪いこともなにもなかった
(しいていえば、日本シリーズで負けたことぐらい)
ということがとてもありがたく思える。
こんな怠け者なのに、無事1年が過ごせたことがすごく有り難く思える。
あまり有り難がっていると「おむかえがちかいのかも?」と思ってしまうのでそこそこにしておくが
それでも、まことにけっこうな年でした。

来年、節目の65歳を迎える。
本当なら65歳で勤めは定年。
少し前にはこの定年の時を心待ちにし、以後、旅行に行くぞ!ピアノも弾くぞ!と夢を膨らませていた。
ところが、ここ少しの間で、65は「まだまだ働く年」という空気になってしまい、
よほどのことがないかぎり、みんな65で辞めなくなっている。
私も当然、続ける、とまわりの誰もが思っている。
要するにやめられなくなった。
まだまだ3時半起きの日々が続く。

それでも時間数が減るから、月1回は長い距離を歩きに出かけること、
そして、ピアノではこれまでやった曲で難しすぎて歯が立たなかった曲が
今でも歯が立たないかどうか、やり直してみたいと思う。
たとえばフォーレ、たとえばシューベルト。
弾けること、歩けることに感謝し、できる範囲でがんばります!


# by nyanko715f | 2018-12-31 21:59 | Comments(0)
ひごろ、何の変化もなくのんべんだらりと過ごしている私にとって
11月は激動の日々だった(常識的には微動ぐらいでしかないが)

11月初め、予想に反して(!)日本シリーズで惨敗し、この世の終わりほど落ち込んだが
そんなことは言っていられず、教室の発表会があった。
今回はゲストさまのおかげで、例年になく大盛会でとても楽しく過ごせた。
で、武庫川廃線跡を歩いたり、京都トレイルをしたり
また、もと職場の同窓会があり、(職場の同窓会などとても奇異なこと!)
離れて30年以上、唯一教職を離れている私がなぜか幹事をおおせつかり、
それは無事終わったのだが、次回もまた幹事とか言われて
なんで~~?とは思うものの、とにかく終わってホッとしていた。

すべての行事が終わり、
気になってしかたなかったFA問題も最悪の結末で結論が出て
また暗い気持ちにはなったものの、それは遠い世界の出来事、と割り切り
私は私で自分の生活をせねば・・・と思って11月が終わった。

で、12月最初の日、
毎朝、4時前に起きて時計代わりにテレビをつけるのだが
その画面が突然消えて、見られなくなった。
仕事から帰ってつけてみたが、やっぱり見られない。
夫の部屋のも、息子の部屋のもみられない、という。
だけど、DVDレコーダーの録画したものは見られるし、
また、ケーブルテレビのレコーダーから接続すると普通の放送も見られる
という何とも奇妙な状態だった。

お昼ごろ、eoに電話して約1時間ほどやり取りしたが直らず、
じゃあ、そちらに行きます、という話になった。
「うちの機材が原因の場合は無料ですが、ほかに原因があった場合は有料になります」
と言われたが、それは仕方のないことだろう。

それから、来てくれる旨の連絡をずっと待っていたのだが
「念のため」と思い、ネットで「0020」というエラーメッセージで検索してみた。
すると、ネットにはけっこうたくさんの項目があり
それらがみな、「パナ」のテレビであることがわかった。
ちなみに娘の部屋のテレビだけはシャープなのでつけてみるとこれは見られる。
やっぱり、パナのテレビだけにこのへんな故障が起きているらしい。

じゃあ、eoじゃないんだ・・・このままだと修理に来たら有料になってしまうのか?
と思い、夫に、ネットで調べた限りの修繕をやってみてくれ、と言った。
(私はどうやってうちのテレビが配信されているのかもわからないのに、
すべて夫任せ。夫に命令するだけ!)
仕事していた夫はうちに帰り、テレビの後ろにあるさまざまな「線」を
ごちょごちょやり始めた。
やっているうちにテレビが突然、ついた!
じゃあ、この(接続の)線だろう、ということで、
線の先端部を修理して元に戻すとちゃんとつながって画面が出た!
どうなっていたのか?と聞いても私にはよくわからないがほんのちょっとのことらしい。
それで、どの部屋のテレビも全部復旧するというのも仕組みがよくわからない。
でもともかく、直ってよかった!ほっとした。
じゃあ、これで一杯飲んで。と夫には1000円上げた。

これで、きょうの「M1」がちゃんと録画できるのでよかった。
今、いちばんはまっている「落語心中」もちゃんと録画出きそうでよかった・・・
まったく年末という実感のない12月が始まってしまったが
予定もなく、とりあえず、ピアノ頑張るかぁ~~などと思っている・・・

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嵐山の紅葉


# by nyanko715f | 2018-12-02 11:59 | 日常のつれづれ | Comments(0)
もっと遠くへ、長く歩きたいと思っているのだがまだ(仕事の関係で)近場しか行けない。
この3年、チョー有名なところはだいたい行って、あと、脇街道とか、街歩きとか行って、
歩いてみないと分からないことってたくさんあるんだ~~とつくづく思ったが、
一回歩いただけでは見逃していることも多く、
行ったコースを反対側から歩くのも面白いのではないか、ということで、
2年前に行った京都~滋賀(石山)までをもう一回行くことにした。
前回は石山駅から京都三条に向かって歩いたが今回は京都三条から歩く。

前回、旧東海道の一回目はあまり迷いはしなかったが寄り道しまくりで
13キロぐらいのところ、8時間ほどかかった。

反対からは同じ道でも景色の見え方は違うし、
それより自分の疲れようが違うので距離感もちがう。

京都三条の駅から山科まで、前回は日も暮れかけてきて
山科から日の岡という峠を越える時、まだひと山越えなければならないのか~~
とずいぶん遠くに感じたが、京都から行ってみると短かった。

蹴上の浄水場まではまだ中心地なので外国人の観光客も相当に多い。
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            (三条通りにある坂本竜馬の結婚式場あと)
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そして、このコース(京都から大津)、歩いている人は数人しか出会わなかったけど、
自転車で峠越えをしている人がすごく多かった。

道は三条通りから府道143号線を進むが、車石広場のところから脇道に入る。
脇道で峠越えをするが、日の岡の集落の中は車もかなり通るので歩くのには要注意だ。
水芙蓉で有名な「大乗寺」を過ぎて下るとまた少しだけ143号線に合流するが
東海道本線のガードをくぐって「旧三条通り」という道を進む。
やがて山科の駅、四宮駅の前を通るがかつては京都(みやこ)のかくれが、みたいなところだったのだろう。

芝居の中で「山科閑居」といわれた山科も今、駅前は開発されて都会っぽくなっている。
四宮を過ぎたあたりに「小関越」のわかれ道がある。
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「逢坂の関」を「大関」、に対し、裏道を「小関」と呼んだらしい。
前回も本道の方を行ったが、今回も本道を通る。

四宮を越えると京阪の「追分」の駅があるが
ここは奈良街道との分岐点になる。
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追分道標の近くに「閑栖寺」と言うお寺があるが
この前に「車石」がある。
車石とは
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で、前述の日の岡峠のところに車石広場があり、ここにも展示があるが
この街道のいたるところに「車石」の説明がある。

ここからしばらくは「京阪京津線」というかなり交通量の多い車道に沿って歩くので
ちょっとうるさいし、自転車もびゅんびゅんくるから要注意である。

大谷、という駅が見えると旧街道がここの北側になり、ほんの少し街道らしいふんいきがある。
そして、「逢坂山関所跡」の碑がある広場に出る。

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りっぱなトイレも完備され、休憩できる。

ここから大津に向かって京阪電車の線路とともに下っていく。
琵琶の名人、蝉丸を祀る上社、下社がある。
有名な「これやこの~~」の歌の石碑もある。
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                (だいぶ、台風でやられてましたね・・・)
京阪電車はぎりぎりのところを走っている。
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「上栄町」の駅を過ぎ「京町1丁目」の交差点を東に取ると
旧街道の雰囲気を十分味わえる「大津宿」に入る。
べんがら格子の旧家があり、寺社仏閣、案内板もたくさん目につく。
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ここは車もあまり通らず、人も少なく、静にゆっくり街道を味わえる。
膳所に入ると何箇所か「桝形」といってくっくとまがった道に出会う。
桝形とは街道を二度直角に曲げ、外敵が進入しにくいようにしたものである。

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              (木曽義仲の菩提所である義仲寺)
曲がり曲がりするが案内板どおりに、道の両側にお寺や神社を見ながら進む。
並んでいる家の何軒かに一軒はお寺か神社である。

ここは旧街道の雰囲気がいっぱい残っていて歩くのはとても楽しいところだが
前回は歩きはじめで、意気揚々、物珍しく、ゆっくり周りを見て歩いた。
だが今回はちょっと疲れてきていて観る余裕なく通り過ぎてしまった。
(だから、往復やってみるもんだなあ、と思った)

石山の駅に着いたのは日暮れだったが、前回反対方向を行った時より1時間以上早く着いた。
(7時間以内)
道に迷わなかったこともあるが、ずいぶん早く進んだように思う。
もう少し早かったら、膳所城跡の公園で琵琶湖の景色を見たかったな~~
せっかく来たのに琵琶湖の水をみないまま、帰ってきてしまった。
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              (2年前に撮った膳所城跡公園から近江大橋を見た写真)

前回歩いたのも9月だったが、去年も9月に琵琶湖にきた。
このときは膳所に車を置いて三井寺や坂本の方まで自転車で行った。
夏の終わりの琵琶湖の景色は心が洗われるような気がする。

さて、本当はこれから草津、石部、水口、と足を伸ばしていきたいところなんだが
それは老後(今でも十分、老後に近いが)の楽しみにする。




# by nyanko715f | 2018-09-25 15:44 | 街道めぐり | Comments(0)
お染久松を題材にした話は二つあって、
去年の1月は「染模様妹背門松」が上演された。
ただいま文楽劇場でかかっているのは近松半二がかいた「新版歌祭文」のほうである。

だいたい同じ登場人物が出てくるが、この「野崎村の段」は
久松の許婚、おみつと久松の父、久作が中心に書かれている。

ざっとあらすじをかいてみるが
油屋の娘お染と丁稚久松は恋仲となるが、店の者のたくらみにかかり
横領の罪をきせられ、ひとまず、久松は野崎村の実家に戻ることになった。
そこでは父、久作の妻の連れ子のおみつが、今は病の床にある母の看病をしつつ、
許婚の久松といつか一緒になれる日を楽しみにしている。

久作にとっては久松も故あって養子にした子(もとは武家の子)
お光も義理の子、しかし、わが子同然、幸せになってもらいたいと切に願っている。
久松がいったん実家に帰されたのを機に、きょう祝言を上げてここで暮らせ、という。
そこへお染が久松を追って野崎村にきた。
祝言の準備で有頂天になっていたおみつは一気に暗雲に包まれ、
何とかお染を追い返そうとするが、二人は会ってしまい、しかも心中の決意までしている。

それを聞いた久作は必死で説得をし、
ふたりも(言葉上は)納得して、では祝言だ、という段になり
花嫁のはずのおみつが出てくると、髪を切り、尼の姿になっていた。

その一日はおみつにとっては激動の一日だった。
いつもと同じように始まったのに急に久松が帰ってきて祝言の話になった。
日ごろの願いがかなったのも天神様、観音様、一番には親のおかげ。
奥にいる親に手を合わし、いそいそと祝言の準備をする。
幸福の絶頂だった。
ところが、ライバル現れ、それがまあ、この上なく美しく、豪華ないでたち、
自分の許婚である久松をいちずに思っているすてきなおじょうさま。
最初は嫉妬に狂ったものの、二人が死を覚悟しているというのがわかり、
自分にできることは何であろうか?と考えた末、出家を選んだ。
おみつにとってその一日は絶頂と奈落の底を一度に見たような日だった・・・・

芝居に出てくる人たちはたいてい、
人情に厚く、義理堅く、自己犠牲をいとわない。
そして、「人の道」というものを諄々と説いて周りを感動させる。

おみつは出家してまでも二人の命を救いたかった。
しかし、(ここには出てこないが)二人は結局、心中する。
おみつの犠牲はなんだったんだろ・・・・。
(と、物語を知っている人は思う・・・)

(去年一月のときも同じことを言ったが)
お染も久松もおみつも、今でいえばみんなせいぜい中学生から高校生。
(ロミオとジュリエットもそのぐらいだよね?)
子供の恋愛なんだから、私まりの人ももっとほかにしようはなかったのか?
とかおもうが、それではお芝居は成立しない・・・・
そういうもの、なのだ・・・・・

お染を心配して野崎にやってきた大店のおかみ、お勝の提案で
お染は船、久松は駕籠で別々に大阪に帰る。
歌舞伎では両花道を立てて、分かれて離れていく二人を久作とおみつが見送る。
そこは歌舞伎も文楽も音楽の聞かせどころで、にぎやかに盛り上げる。
駕籠屋や船頭のユーモラスな動きと、おみつの心中の対比、という趣向だ。
文楽は船とかごが出てきたところでもうおみつは出てこない。
でも歌舞伎は、船もカゴも見えなくなったところで
「ととさん」といっておみつが泣き崩れるところで終わる。
いくら覚悟の上とはいえ、やっぱり未練があるよなあ・・・・と同情する。

文楽はにぎやかなまま(非情に)終わる。
私は歌舞伎の終わり方の方が好きだが・・・・どうなんだろ?

さて、野崎村のあとは「日本振袖始」という
神話に基づいたスサノウノミコトがヤマタノオロチを退治する、という
舞踊劇かつ立ち回りのたのしいもの。

今年襲名した「織大夫」と人形遣いの吉田玉助がさわやかに見せた。
でも、やまたのおろち、っていうんだから
倹約せず、4つじゃなく、八つのへびでもっと派手にたたかってほしかったなあ・・
なんで4つなんだろ?

織大夫、襲名のときの「合邦」はえらく入れ込みすぎていたが
4月、7月とだんだんよくなってくるね。
今、文楽は中堅の人たちが襲名を経てだんだん高みに向かってきていて
とても充実した時期に入っている。





# by nyanko715f | 2018-07-27 14:30 | 落語とか文楽とか | Comments(0)
というロマンチックなタイトルが付いているコースにはぜひ行ってみたいと思っていた。
川沿いを歩き、山の中のつり橋を渡るにはやはり夏がいいだろうと
山開きの日であるきのう、行ってきた。

JR河内磐船の駅を降りる。
いわふね、というのは石の産地なのだろうか?
駅前に船の形をした石のモニュメントがある。
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ここから「自然迂回路」とかいてある標識にそって
天田神社(村社、とある小さい神社)の前を通り、
やがて、京阪、私市(きさいち)の駅。
途中で、この線を「きかんしゃトーマス」が一面に書かれた車両が走っているのを見た。
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私市駅から「いわふね自然の森スポーツ文化センター」までは10分ぐらい。
それからは、家族連れが気持ち良さそうに川遊びしている天の川沿いの遊歩道を通り、
やがて駐車場。
そこからは上りと下りをくり返しながら「ピトンの小屋」という案内所まで登っていく。
小屋の前には巨大なクライミングウォールがあり、訓練の人たちが集まっていた。
練習用の小さいウォールもある。
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ここから「ブランコ(つり橋)」までは健脚コース、普通コースと上る道が分かれているが
どっちにしても20分ぐらい。ちょっときつい上りになる。
でも、家族連れも多く、十分、散歩感覚で行ける。
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「ブランコ」からの眺めはサイコーだけど、
つり橋は約280メートル。ずっと揺れているのでちょっと船酔いみたいになる。
ちなみに、ブランコは4時30分で閉鎖され、また休みの日もあるので要注意。

ブランコはどちらからでも渡れて、また駐車場に行く道はいくつもある。
たいていの人は駐車場に戻るので問題なく行っているのだが
JR星田の駅に行こうとしている私たちはまたも道に迷ってしまった・・・
園地に案内がないわけではないが、もう少し地図表示がほしい。
ぐるぐる回っても大した時間ではなく、なんとか星田駅への道を見つけた。
これでいいのかなあ?と思いつつ、
だれともまったく出会わない山道をひたすら下っていったが、合っていたみたいで
30分ぐらいで人家が見えるところにたどり着いた。

そこから「星田妙見宮」というところに行ってみる。
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   (鳥居の横にある石のお馬さんのモニュメントは何ともかわいらしい・・)

妙見、というのは北斗七星のことで
7月7日には七夕のお祭り、23日には星降り祭り、というのがあるらしい。
星田妙見宮の詳しい由緒などはHPをみてもらうこととして
http://hoshida-myoken.com/
最初の鳥居からご本宮までは何百段という石段がある。
金比羅さんに比べればそうでもないはずなんだが
そのまえに相当な下り坂を歩いてきたからか、石段を登り始めたとき、足が攣った・・・
なんとも不覚・・・(だが、ここんとこ、足が攣るのはよくある・・・
年配の方は健脚と思っていても急な足攣りにはご注意!)

そういえば、平野あたりを歩いている時にも
2月のいつやらに「星まつり」が行われる案内をよく見た。
星まつり、といえば、宮沢賢治の「銀河鉄道」を思い出すが
それはこういうことらしい。
妙見さまの春初めてのご降臨の縁日である2月8日に、一年の厄除けとご加護をお願いするのが星祭です。妙見さまは北斗七星を神格化した神様であり、古来より運命の星の巡りを正して下さるとされています。

気にしてみれば星をおまつりしてあるところはあちこちにあり、
北斗七星のそれぞれの星に名前があること、とか、
星が降ってきた伝説が各地にあることとか、
古来より星信仰があるのを改めて知った。

さて、妙見宮からはJR星田の駅まで30分ぐらいだが
途中、また違う道に入っていて(地元の人に聞いてわかった・・・)
よほど地図を読む能力がないのか、道に迷う名人だ・・・・
知人の中に、方向感覚が優れている、という人がいる。
一度通れば絶対に道を覚えているそうだ。
私は常に通っている道でも、近所でさえ間違えることがよくある。
方向音痴というのはどうしようもないな・・・
たとえスマホのナビを見てたとしても迷うような気がする・・・・

そうやって迷いながらも、河内磐船から星田まで約5時間。
はんぱない汗をかいたが、夏の時期にたいへんいいコースでした…



# by nyanko715f | 2018-07-02 14:14 | 街道めぐり | Comments(0)

きょうは夏至

春分の日も書いたから、きょう夏至の日も書いておこうかな・・と。
「夏至の日」という言い方はおかしいか?
春分の日、秋分の日、っていうのになぜ、夏至の日、とか冬至の日、とかはいわないんだろう?

大阪での日の出、4時44分、日の入、19時15分。
昼の長さは14時間31分。
これから夏に向かっていくには違いないけど
日の長さは短くなる。
だから、私の中では夏至を過ぎれば冬に近づく、と残念な気持ちがある。
朝出勤するときに明るかったのも、真夏のころには明るくなくなる。

きょうはレッスン日の予定だった。
前回、平均律第2巻が全部終わって、
次は「フランス風序曲」を見てもらうことになっている。
これはずっと前からあこがれていた曲で、
この曲ができるなどと夢のようだ。
まだ楽譜が音になっただけなのだが、
すこしそれらしくなっただけでも、ピアノが弾ける嬉しさがある。
だけど、やっていくうち、どこかちがうな、という感じで
自分ではどこが悪いのかはわからないので
レッスンを受ければそれがわかると思っていた。

ところが、昨日の夜、先生からメールがきて
「明日のレッスンは体調不良のためお休みします。」という。
先生の都合で日延べされたことなどこの20年一回もなかった。
どうなさったのか、とすごく心配になる。
風邪や歯痛、など、少々の苦痛はよく言っておられたが
今まで、休んだことが一回もないというのは
それなりにしっかりと体調管理をなさっていたんだろうと、改めて思った。

長年の疲労がたまっているのかもしれない。
まだまだ先は長いのだから、今回、思い切ってよく休んで
また元気で弾いてほしい。
祈るしかない。




# by nyanko715f | 2018-06-21 23:45 | 日常のつれづれ | Comments(0)

大仏鉄道

かつて「大仏鉄道」という路線があったらしい。
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(京都府)加茂から大仏殿の最寄り地点を結ぶ約10キロの路線で
明治31年開業。深紅の蒸気機関車が走っていたらしい。
大仏詣でにぎわったが、その後、平坦なルート(現在の関西本線)が開通すると廃れていき、
わずか9年で廃線になったらしい。
その名残をめぐる道を歩いてみた。
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大和路線、加茂駅に降り、5分ぐらいのところに「C57のSL展示」がしてある。
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へえ~~こんな大きなものが大仏鉄道を走っていたのか?
などと言うと、
「バカなこというな、これは昭和になって、すごく早く走ることができる機関車で
ここに蒸気を送り、これが回転して・・・・」と、夫が説明してくれたが
無知な私には
これが大仏鉄道のような短い路線で走っているものではない、ということがわかったぐらい・・

この展示はともかく、ここからは大仏鉄道の名残を辿る。
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順路には矢印表示がいっぱいあり、地図もプリントアウトして「万全!!」と思い
きょうは迷わないぞ!と歩きはじめたのに
一か所(二本松というバス停をすぎたあたり)、
田んぼの畦に迷い込んで要らぬ時間を使ってしまった・・・・
よほど地図を見るのが下手だろうとは思うが
上記の表示、迷いそうな場所にはもう一か所でもつけてほしいなあ・・・・

その迷い場所から抜け出して、あとは順調。
たまに車道(府道44号線)も行くが、アジサイのある村中を進む。
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  (あるお宅のアナベルがあまりにもボコンボコンと咲いていたので撮らせてもらいました)


加茂から(順調に行けば)小1時間ぐらいで「観音寺橋台」に着く。
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前後二つの橋台があるが、向う側に見えるのは現在もJRが走っている橋台。
手前側が大仏鉄道の橋台。

ここから「鹿脊山橋台」を経て、美加ノ原CCを左に見ながら歩いていくと
やがて右側には広大な敷地がある。
城山台というところのはずれに公園があり、そこで休憩をしている人に聞くと
京大の試験場だということだ。(地図に詳しいところは載っていない)

その辺りに「梶ケ谷隧道」がある。
隧道(ずいどう、トンネル)の名残はいくつかあるが
これは鉄道が通るトンネルではなく、鉄道の下を行く人や車が通る道だ。
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去年、武庫川廃線跡に行った。
その時、トンネルがいくつもあり、長いものは400メートルもあった。
懐中電灯を持ってなくて、真っ暗闇で進むことができなくて
一緒に歩く人のお世話になってしまったので、それからは
どんなときも懐中電灯を携帯するようにしたが
ここの線のトンネルでは不要だった(笑)
(でも、歩く者にとって、夕方、日の暮れたときとか、
何か不慮の事故のためにも懐中電灯というのは常に持っておいた方がいいように思う。)

ここを過ぎると道はまた44号線と合流し、
広い道路にはコンビニやスーパーもありやがて奈良県に入る。
県境に近いところに「これは何?」と遠くからでも目立つレンガ造りの建物があったが
「木津南排水池」だった。
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県境を過ぎると鴻池運動公園やユースホステル等の建物を左右に見ながら広い道路を進み、
奈良女子大の角を右に曲がる。
ここを突き当たったところに「大仏鉄道記念公園」がある。
このあたりが「大仏駅」だったらしい。
記念公園、というのですごく広い敷地を想像していたのだが
三角地にモニュメントが設置してあるちょっとしたところだった。
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ここから、かつてにぎわっていたという「ふなはし商店街」を通り、
近鉄奈良駅、またはJR奈良駅に向かう。(どちらに行っても10分ぐらい)
加茂駅から、見学、休憩を入れ、ゆっくり歩いて約5時間。
ハイキングとしては適当な距離。
人も少なく、風も気持ちよく、100年前の名残をゆったりと楽しめるコースだった。



# by nyanko715f | 2018-06-18 11:01 | 街道めぐり | Comments(0)

「万引き家族」

受賞作品じゃなかったら見に行かなかったかも?
話題になっているので来た、という同じような気持ちの人がいたので
いつもはよく入ってもせいぜい3割、というところ、半分以上はいっていたか。

どんな風にこの映画を見たらいいのだろうか?
とおもっているうちに終わってしまった。
エンタメ系、たとえばスターウォーズみたいなものは
みてりゃいいのだけど、こういう社会映画なるものは
観客にメッセージを振りまきながら進んでいくように思うので
ついつい考えながら見てしまう。
そして、最終、自分の好き嫌いで評価を決めればいいのに
世界または日本での評判に惑わされていたり、
ほかの人の感想をネットで見たりして、
結局自分はこの映画の価値を決めることはできない。

確実に思うのは、俳優陣が、どの人もすごくうまかったこと。

そうそう・・ほかの人の感想を読んでいく中で
『俳優のうまさと映画の不味さが混在している』と書いてあって
それに一番共感したなあ。

『不味さ』というのは不出来である、とか価値がない、ではなく
やり切れなくする、といったもの。
ちょうどこの時期、幼児虐待のニュースがあって
そういうのを見てやりきれなくなるのとおなじような。

人としての思いやりを十分に持っているけど、
あるところの世間のモラルがまったく欠けている人をどう考えるか?
またはその逆の人。

そういう問題提起をしているだけでもやっぱり
この映画は意味があるのだろう。
だけど、どこの部分を肯定していいか分からなくて
迷いが残るし、救いがない。
だから、見た後の気持ちが不味いし、もう一回見よう、という気になれない。
それが社会のひずみから目を背ける、みたいな後ろめたさでもある。
何が正しいのかはよくわからなくて、なんかすっきりしない。

少なくとも「そして父になる」は
何か生きていく決意、みたいなものがみられた。
この映画でもせめて救いを見つけようとすれば
「しょうた」と名づけられた少年だけは心するものが見えたことか・・・・
とにかく、俳優陣がうますぎて、その印象が一番強い。

かつて「キャタピラー」を見たときの気持ちと共通するものがあるなあ。

# by nyanko715f | 2018-06-11 09:02 | 映画の話 | Comments(0)
大和郡山へは去年の夏、お城が修復されたので見に行ったが、
その時見た「金魚の電話ボックス」が他県との(著作権)トラブルで撤去らしいというので
本当に撤去されたかどうか、見に行くことにした。
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           (去年撮った電話ボックスの写真)

また例によって「駅からハイキング」の地図を使う。
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前回はお城の周りしか行かなかったが今回、駅から南に向かって「賣太(めた)神社」というところに向かう。
古事記の編纂で有名な(といっても、社会の教科書ぐらいでしか知らないが)稗田阿礼をお祀りしてあるところだそうだ。

佐保川を越えると「下つ道」というところに出る。
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ここは平城京と藤原京を結ぶ道で、670年ごろにはもうその名前が出てくるらしい。
このあたり、環濠集落になっていて、お濠と取り巻く緑や家々の景色がとても快い。
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ここから元の道に戻り、JRの踏切を越えると金魚池が目立ってくる。
今でも相当な金魚池があるが、江戸が明治にかわるとき、生業として金魚を扱い、
今の何倍もの金魚業者があったという。
「金魚資料館」ではいろいろな種類の金魚を見ることができる。
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ここからはお城に向かっての道だが
お城近辺には江戸時代、ここの藩主だった「柳沢家」ゆかりの見どころがある。

お城は前に見たのでざっとみて、
ここで一番見たいと思っていた「源九郎稲荷神社」を見に行く。
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源九郎狐、というのは歌舞伎や文楽で出てくるあれである。
ついこのあいだの4月の文楽公演も「吉野山道行」がでていて、2回も見に行った。
4月は吉田玉助の襲名披露公演で、とても賑やかで
「道行」も太夫さん、三味線は舞台中央にずら~~っと並ぶ様式で
華やかでうきうきした。
もっとも、この様式を、朝日新聞の評者は本来の文楽にそぐわない、と一蹴していたが
見る方は、一面に桜が咲き乱れる華やかな舞台を一目見ただけで心躍る。
このごろ、観客も外国人がとても多いが、その人たちにもインパクトのある芸術ではないか、
と思うのだが。
蛇足ながら。狐忠信が勘十郎、静が豊松清十郎。
勘十郎の忠信はいかにも実直な家来、親を慕う子キツネ、がよくでていて、
清十郎の静は、とてもかわいらしく、かつ、凛、としている。

吉野に急ぐ道で、ひとくさり、思い出話を終え、さあ先を急ごう、というとき
忠信が静の装束を整えてやる(ササっと、着物のすそをなおしてやる)、という一瞬がある。
ここに忠信の、大事なお預かりもの、という思い。
また静にはいたわってもらっているという安心感がでていて
ほんとうに一瞬の動作なのだが、とても好きな場面である。

閑話休題。
稲荷神社に行くと、神官さんが「ようおまいり」という感じで出て来られた。
それから神官さんの長い話が始まったのだが
狐を遣う役者さんたち、猿之助や勘九郎が公演するときはここにお参りに来ること。
去年、舞台でけがをした(今の)猿之助はけがのあと、退院して翌日にお参りにきた、
という話をされた。
境内には役者さん達のお手植えの桜などもある。
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神社のを後に、駅に向かう道に「外堀緑地」というきれいに整備された区画がある。
ここにあずまやみたいな休憩所もあり、ここで神社の近くで買った「源九郎餅」を食べた。
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そういえば、稲荷神社の神官さんにきいたところ、
あの電話ボックスはきれいに撤去されてしまっているとのことだった。

郡山は観光の町ではあろうけど、とても静かで落ち着いている。
町全体にめぐらされた水と緑のおかげだろう。
駅からぐる~~っと約4~5時間。
とてもいいコースだった。

さすが金魚の町で、ポスター、地下道の壁も金魚だらけだ。
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ちなみに、今年も「金魚すくい全国大会」があり、そのポスターも神社で見せてくれたが
金魚が金魚をすくっている絵柄だった。


# by nyanko715f | 2018-05-31 11:57 | 街道めぐり | Comments(0)
今回も「駅から始まるハイキングブック」により、
JR法隆寺から右回りに斑鳩の里を歩く。
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普通の観光だったら駅からすぐに法隆寺に向かい北に歩くところだが、
反対側の南に向いて、大和川にぶつかるまで下る。

大和川が竜田川に分岐するところからは竜田川沿いに歩く。

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こどものころ、家族で百人一首に興じていた。
その中の在原業平が詠んだ歌を、父が
「昔、竜田川という相撲取りがいて、
ちはや(という女の人)に振られ、かみよ(という女の人)も言うことを聞かず
それを苦に、井戸に飛び込んで死んだ」と講釈し、かなり大きくなるまでそれを信じていた。
「から(井戸)」「水」「(首を)くくる」じゃあ、いったいどうやって死んだのか
つじつまがあわないじゃあないか?とつっこんでみたいが、
そんなでまかせを言っていた父はもういない。

本物の竜田川は今は「県立竜田公園」となり
川沿いにもみじと桜、はなみずき、などが植えられ
今は若葉が光り輝く、気持ちのいい散歩道となっている。
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竜田川から少し登ったところに「みむろやま」がある。
登り口に、業平の歌と共に能因法師の歌碑があり、
「ここが歌に詠まれたみむろやまかぁ!」と感慨深かった。
上まで登っても10分か15分ぐらいの小高いところではあるが
紅葉の木がいっぱいで、
色づけば「たつたのかわの にしきなりけり」そのものになるのだろう。
紅葉と同じほど桜の木も多く、
もしもいにしえにいまほど桜があったとすれば、
歌人たちはその風景をどう詠んだだろう、と想像する。
(そのころの歌にある『花』はさくらをさしたというが、いまほど好まなかったか?)

竜田公園を過ぎると龍田神社のある龍田の町並みにはいる。
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ここの古い町並みは風情があっていいが、
そのあと、藤の木古墳をすぎてから見た「西里」という
突き当たれば法隆寺、という狭い町並みは風情があって、よりいい。
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たまたま通りかかったここに住んでいる人が
家の塀が、大和川を渡っていた船の底板でできている、と教えてくれた。
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法隆寺は何回も行っているので中には入らず、
法隆寺の裏山から法輪寺にむかったが
池があり、棚田があり、古墳があり、とてものどかな気分になる道で
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やがて法輪寺の三重塔がすっくと目の前に現れたときは思わず
「おお~~っ」と言ってしまった・・・・

法輪寺から、中宮寺と法隆寺の間を抜けてJR駅に戻る。
約5時間の歩行。
法隆寺の駅舎は趣がある。
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駅前の時計台の文字盤も漢数字でなかなかいいですね・・・・
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# by nyanko715f | 2018-05-22 11:44 | 街道めぐり | Comments(0)
歩くにはなにかモデルコースのようなものがいる。
そういう本も最近はたくさん出ているで参考にして歩いているが
一番困るのは所要時間が健脚中の健脚時間で書いてあること。
実際歩いてみると、私たち年寄りは倍以上もかかる。
歩く速度が特別遅いのかもしれないが、
地図が大雑把なので道に迷うこともしばしばなのも原因だ。

このあいだも「葛城古道」を行ってみたが
最初の目的地からもう既に道に迷い、違う方向に行き、
疲れてしまって、夫は道にへたり込み、結局
コミュニティバスに拾ってもらった。
目的の半分も行けなかった。
この日は特別コンディションが悪かったこともあるのだろうけど
こんど、別の本を買ってみた。
500円、と値段で決めてはいけないのだが
あまりに安いので期待してなかったが(スミマセン・・・)
関西の日帰り25コースが書いてあって、
まず、土地勘のある「奈良、山の辺の道コース(の一部)」を行くことにした。
JRまたは近鉄線の桜井駅を出発して同じまほろば線の巻向(まきむか)で終わる。
所要時間3時間10分。
(今回はだいたいこの本の通りの時間でした)

本には見開き2ページにわたり地図があり、
道路沿いやわかれ道のところに店の名前や目印が書いてある。
これは今まで見たうちでいちばん親切な地図だ。
ここは行く人も多く標識が整備されていることもあるけど、
まったく迷わずに歩けたのは珍しい。
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           (写真でわかりにくいですが、今まで使った中では一番親切な地図!)


山の辺の道はJRまほろば線と平行に続く三輪山のふもとを歩く道で
万葉集の歌碑が至る所にある。
車道と重なるところもあるが、古墳や神社をたどり、
大和の山々の緑を眺めながらカキやミカン畑の中を歩く。
今は若葉の匂いと、つつじやかきつばたなどの花も楽しめる。
道沿いには100円均一の無人販売の野菜や果物がある。
日常から隔絶された、ゆったりとした散歩を楽しめた。

この前、道に迷って、こんなことになるのなら、やっぱり、
スマホかタブレットか、「ナビ的」なものを持たなければならないか?
とだいぶ検討したのだけど
この本のコースならナビなしで行けそうだ。

次回、「山の辺の道」の天理方面への続きか、
または学研都市線、星田のあたりもいいなあ、と思っている。

この2年間、伊勢への奈良街道、初瀬街道
そして4つの高野街道と、縦横の線を踏破したので
こんどはそれらの線から出ている支線的な道をめぐる。
一回でも行っているところにはなじみがあり、
そこを反対方向から歩く、というのも面白い。
反対側から歩いてみると全然景色が違っていたりする。

山の辺の道の途中にある相撲神社。
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ここで最古の天覧試合が行われたそうですが
初瀬街道を歩いている時に相撲発祥の地、
野見宿禰(のみのすくね)を祀った十二柱神社がすぐ近くにあったことを思い出しました。






# by nyanko715f | 2018-05-10 09:29 | 街道めぐり | Comments(0)

最近の映画とテレビ

きのう、「グレイテストショーマン」を見てきた。
ララランドよりは楽しめた。
歌もいいし、ダンスもいい、仕掛けもすごい。
だけど、「せいぜいこんなもん」というのは私の観る力が衰えてきたからか?
もともと観賞力がないからか。

年よりはみんな同じようなことを言うだろうけど
ミュージカルでは「サウンド・オブ・ミュージック」と「ウェストサイド」
そして「屋根の上のヴァイオリン弾き」を越えるものにはもう出会わないと思う。
これらの1場面ごとの音楽とストーリーの完成度。
これ以降のものはせいぜい映画ひとつに有名なナンバーがあるかないか。
ヒュー・ジャックマンは現代のジーン・ケリーにも匹敵するだろうけど
「観たこと」を覚えている程度で映画の印象は見たすぐ後でも忘れていく。
「レ・ミゼラブル」も悪くはなかったけど、後で思いだすところがない。

今の映画としてはいいよ。
「美女と野獣」も悪くなかった。
でも、もう「参りました!」という映画には出会わないかな・・・

テレビもそう。
このごろのドラマでもそこそこ楽しめるものはたくさんある。
1年のうちのいくつかはなかなかよくできてるじゃん、というのがある。
(特にNHK)
この半年、久々に朝ドラを毎日欠かさず見た。
期待して見ていたが、期待できるところには最後まで到達せず、
「つらい時こそ笑うんや」ということばがとってつけたようだった。

唯一、期待が膨らんだのは北村有起哉が出てきたとき。
やっと本格的役者が出てきた。と思ったのに1週間で姿を消した。
北村有起哉は「ちかえもん」でも竹本義太夫で精彩を放っていたが
ここでは「ぐだぐだ感」とそれと対照的な本格落語を披露していたのに
すぐに消えてすごく残念だった。
何百人もも芸人を抱える会社でありながら
いつも出てくる芸人が2,3組なのは朝ドラのつくりとして仕方ないにしても
もっと華やかなショーをドラマで繰り広げてもよかったのではないか?
いつも同じ場面(寄席の帳場)、数人の登場人物で、ふくらみがなかった。
高橋一生でもっていたようなもんだな・・・・

俳優が熱演、怪演(!)しまくりの「99.9%」も終わり、
定番の相棒も、科捜研もちょっと食傷気味に終わり、
今は見るものがなくなった。
あ、そういえば先日3回だけやった「弟の夫」というドラマは
ちょっとほのぼのできて、なかなかいいつくりだったな。
さわやか過ぎる感はあったが、ドラマは見ていい気分になれるものがいい。

# by nyanko715f | 2018-04-03 09:04 | 映画の話 | Comments(0)

平成30年の春分の日

仕事の〆日は毎月20日なのできょうから4月度に入る。
お水取りが終わったとはいえ、このところは寒の戻りできょうも気温が低い。
だが桜のつぼみの膨らみ具合や満開を過ぎた梅を見ると
新しい季節の到来はじゅうぶん感じられる。

この冬、雪の中を山のぼりもして、それはそれで趣もあったが
これから若葉や色とりどりの景色の中を歩けると考えるだけで心躍る。

さて、きょう、たまたまみたニュースの中の話題。
新しい企業の話で、街の中のトイレを表示するアプリを開発する、
というのがあった。
それはまだ試行錯誤の段階で実現には至っていない。

さきごろからずっと街道歩き、山歩きをしていて
一番困ったのはトイレだ。
国道沿いだからコンビニ、スーパーがあるだろう、という勝手な推測で歩いていて、
それらしい店も公園もなく、すごく困った状態に何回も陥った。
電車の駅はあっても、トイレを持ってない駅とか、
まわりに1軒の店もない駅もたくさんあった。

子供と一緒で、年を取ると、トイレはコントロールできにくくなる。

まちの観光地図の中にはトイレなど施設の表示がちゃんとあるものはある。
街道歩きはそれほど珍しいことではなくなっているもの、
それでも店もなく、人も通っていない道筋はいっぱいある。
まったく山の中ならまだあきらめもつくが、
そうじゃないぜったいトイレが見つかりそうにない場所はいっぱいある。

だからTVで「トイレを表示するアプリ」の開発のニュースを興味津津でみた。
こういうのが全国版で開発されれば私も今のガラケーをスマホに替えよう!

スマホなんか、ぜったいに要らない。と今まで思っていた。
年寄りになればもっと要らない。と思っていたが、実は反対かもしれない。
年寄りになればなるほど困ることが多くなってスマホに頼ることが出てくるのではないか?
もちろん、使いこなせれば、の話だが。


# by nyanko715f | 2018-03-21 09:04 | 日常のつれづれ | Comments(0)

年の初めに

今年は喪中につき年賀状は欠礼をした。
年賀状の来ない年始はちょっとさびしくもあるが
喪中ということを理由に年始の行事を一切さぼって楽をしている。
おまけに、元日、仕事が休みになり誠にありがたい。
もっとも明日からシフト過密で、それも初日から会議ってなに?って感じ。
だからきょうは1日家にこもってぬくぬくする。
子供らは盆も正月もなく、公園へ行く!と言っているらしいが・・・

今年の目標!などとたいそうにいうことはないのだが
とりあえず、1、寝込まないように気をつける。
ピアノのレッスンはコンスタントに行く。
バッハ平均律2巻を終わらせる。
シューベルトを2、3曲弾く。
新しい曲も2,3曲弾く。プーランクなんか、いいですね。

今年も歩く!
去年は年始から高野街道を歩いて、河内長野までの4つの道は完歩した。
お~~そういえば・・・
きのう、娘の家でご飯を食べていると、婿が
「同僚がね、『今年(去年のこと)いいことがあまりなかったのに
空海に逢えて幸運だった』、と言ってみんな僕の方を見てにやにや笑っているんですよ・・・」
と笑いながら話す。
改めて見ると、婿はほとんど坊主頭で、最近は悟ったような顔になっていて
会社の同僚が、空海に似てきたと言っているのはわからんでもない・・・・・
「同僚の悪い運勢をいいことにかえてあげられたんならたいしたもんやないの」
と言って笑った。
空海はこんなちかくにいたのか~~(笑)

今年も多いに歩かねば、と思ってはいるが、
冬場、山はきびいしいので、東海道の続き、
石山(滋賀)から草津あたりまではどうかな~~と言っている。
街道を歩きはじめるきっかけは「東海道を完歩したいこと」だから
少しでも江戸に近づきたい。(おいおい・・・)
いつか、東京にたどり着いて、東京の友達をびっくりさせたいなあ~~
そんな日がくると信じてそれまでがんばって生きる。

# by nyanko715f | 2018-01-01 09:30 | 日常のつれづれ | Comments(0)

としのくれ

(としのくれ)
なんで「ねずみ」に似たこの字が「としのくれ」なんだろう?と思っていた。
(もっとも、よくみると、ねずみとはちがうんだが)
で、最近手に入れた「字統」を見ると
(古代中国で)冬至のあとの第3の戌(いぬ?)の日に行われる年越しの祭り
と書いてある。「臘」のつくり部分は略すと「猟」のつくりなので
なにか、獲った獲物をおそなえしたんだろう・・・・と書いてある。

それにしても、こんな1字でも古代中国のならわしとか延々と出てくる辞書1冊に
どれほどの文献が必要だったのだろうと思うと
(中古だけど)3000円という値段は誠に申し訳ないとおもうし、
人の功績というのは計り知れないと思う。

たまたま、今日の朝、TVの「リーダー」と言う番組で
「小川理子(みちこ)さん」というひとのことが取り上げられていた。
慶応の理工学部を卒業して、パナソニックの音響部門に入ったが
そこが解散となり、岐路に立たされたところ
上司であり、ジャズマンでもあった人からジャズピアノをやらないか?
という誘いがあり、プロのピアニストとしても活躍する。
2014年、パナソニックが再び音響をやることになったので
そこの責任者に抜擢される。
今はピアニストとしての活動の傍ら、
世界に通用するオーディオ製品の開発をしている。
この人を見出した上司が小川さんを指して
「天は二物を与えず、というが、この人は五物ぐらい持っている人」と評す。
いやぁ・・・世の中には(表に出なくても)すごい人がたくさんいる。

比較するのもおこがましいが、
今年、仕事のリーダーを任命された私などなにをやっているんだ!と思う。
といっても実績でなったんじゃなく、システム上、便宜的にリーダーになっただけで
チームの五時間ほどの時間管理をするだけだ。
責任も感じてなく、それより、仕事の知識も何もないままで
とにかく、今日一日が無事終わってくれたらいい、としか思っていない。
「平成29年の12月29日」など二度とこないのに
それを「その日が過ぎればそれでいい」なんてなんともったいない・・・
とは思っているし、
たまに、こうやって偉人たちの生き方を目の当たりにすると
このごろずっと「無為徒食」でいいじゃないか、と開き直っている自分に気が付く。
才能がないんだから仕方ないじゃないかとは思うが
いや、才能がないにしてもだ・・・・
ないなりに、
少しでも上へ、という意志だけでも持っていなければならないのではないか?
(まあ、この反省もすぐに忘れるだろうけど。)

前述の小川さんは、今後の目標として
50年後も世界に通用する機器を作る。
また、自分は100歳までピアノを弾く。
と言っている。
ピアノの上手下手は別として、私も80までピアノを弾く。
ぐらいの目標は持とうか、と思う。
そういえば、小川さんが
「やめたらそれでおわり」という意味のアーティストの言葉を言っていたが
結果なんて期待しないで、続ける、というだけを目標にしてみるか・・・・
と思ったとしのくれ。


# by nyanko715f | 2017-12-30 10:58 | Comments(0)
久々にブログを更新して、「マイブログ」に戻った。
私の記事ランキングで2010年に書いた「山澤由江さんの訃報」の記事が1位になっている
笑福亭仁勇さんのことで閲覧してくれたのだなあと思った。
仁勇さんがなくなったことを先日、ニュースで見た。
すぐに奥さまの山澤由江さんのことを思い出したが
仁勇さんが亡くなった原因はちゃんと読んでない。

「にゆう・わーるど」という仁勇さんのブログには
先日12月9日に新しい記事があり、「他界された師匠の奥さま(注:仁鶴さんのおくさま、たかこひめ)のお誕生日です」と書いてある。
また、12月7日は「亡くなった家内の月命日です」とも書いてある。
来年は「年男」(60の当たり年)とも書いてあるので
たぶん、急死だったのだろうと思われる(詳しく知らなくてすみません)

来年年男・・・私の弟と同じ年である。
今の60はまだ青年の域みたいなところがある。
それを前にして、ほかの方々の冥福を祈りながら逝ってしまわれたのは
無念だったかもしれないし、
ご本人は奥さまのところに行かれてよかったのかもしれないし。
しかし残された一人娘さんはお気の毒だ。
奥さまが亡くなられた時、高校入試だったから今は22歳ぐらいだろうか・・
そのとき、「お父さんは死なんといてな」と言われたことが思い出される。

仁勇さんのブログ、「にゆう・わーるど」は今も閲覧できる。
仁勇さんも司馬さんの「街道をゆく」がお好きで
ブログにも、住んでいるところ(淀川)付近の街道の話をたくさん書いている。
これを参考に、仁勇さんの歩いた街道を近いうち、辿ってみようと思う。

心から哀悼の意をささげる。




# by nyanko715f | 2017-12-23 09:00 | 落語とか文楽とか | Comments(0)

今年の、ピアノ、回想

今年もあと一週間になってしまった。
1年間いろんなことがあったのに、それも風が吹く程度に流してしまって
なんともったいない過ごし方をしているのだろうと思う。
底には「はやく1年が経ってくれ」という気があったからだ。
「早く」というのは早く仕事終わりの日(定年)が来ないかな、ということである。
別に定年など待たずに辞めればいいのだけど、人手が足りないところ、
ぬける勇気がなく、また「絶対やめたらあかん」という脅し(!)もあって
しかたなくずるずると朝3時半起きを続けている。

休みの日でもアラームを鳴らしているが、
そのとき、「きょうは起きなくていい」と温かい布団の中で思う幸せは
辞めてしまえばなくなってしまう。
この先、遊ぶためにはまだまだお金が要る!ということもプラスして
あと2回、ネコもイヌも借りたいような年末年始の忙しさを過ごさなければならないか・・

平成29年という年は父が亡くなったことを除けばまったく記憶に残らない年になるだろう。
しかし、子供が移動する(卒業、就職、結婚など)とか孫が生まれるとかさえ、
何年だったか覚えてないほど大きく心が動かなくなっているんだから
こんど記憶する年は自分が死んだときぐらいかもしれない。
(それを自覚するかどうかはわからないが・・)

このあと、無限に人生があるわけではない。
ピアノを弾いていられるのもあと何年だろう?とおもうが、
父と私は23、離れているので、父の年まで生きられれば
あと23年生きられる。(年数に何の保証もないが)
そして、いつも思うんだが
私のピアノの先生は私より15歳上だから
あと15年はあのようにばりばり弾くことができるかもしれない、
と、これも何の保証もないのに考える。

もう63。ではなく、まだ63。と思うようにこころがける。
衰えたことよりも、これからできることの方に多く気持ちが向いているのは
幸せなことだと思う。

上手下手お構いなしに、ピアノだけは一生、精進しよう、と去年決めた。
今年、レッスンも1ヶ月に1回の割でしか行かなかったが
ともかく、モーツァルトソナタ全曲やり直し、が終わった。
バッハ、平均律2巻はあと3曲になったので来年には終わらせる。
どれもこれも「弾いた」というだけでしかなく
「極めた」なんて言う言葉からは銀河系のかなたほど遠い。

今、シューベルトをやりかけて、当分これだ!と思っているのだが
「長い!」という理由で、先生には却下されるだろう。
どれもこれもプロが弾いて一つの楽章が10分ぐらいかかるものばかりだから
私が弾くと1楽章でも15分ぐらいかかる。
15分もずっと聞いていられるほどの我慢強さはいくら先生でもないだろう。
だけど、シューベルト、弾きたいなぁ…
19番(D、958)終楽章。こんなに心躍る曲はない。
私が挑戦した曲の中で一番難しかった曲。
そのときから10年以上たって、今、難しさが少しでも減っていればいいなあ・・


# by nyanko715f | 2017-12-23 08:20 | ピアノ練習日誌 | Comments(0)

「ローガン・ラッキー」

ダニエル・クレイグが出ていれば、とりあえず、見に行く。
すごい端役で出ていた(もし出ていなかったら絶対に行かなかったであろう)「ミュンヘン」まで見に行った。
だから、今回も、TVのCMで見て、どんな映画かも知らずに行った。

ひとことでいうと「泥棒」のはなし。
ダニエル・クレイグは金庫破りの名人で、最初、ダサい囚人服で登場する。
ローガンの3きょうだいと、クレイグ扮するバングの3兄弟とがことを起こす。
が、そのどろぼう一味も、周りの人たちも、どこかおバカで、
すんなりとことが運ばないし、アクシデントが多いし、
数々のしかけはアナログ的で、スピード感がない。
そのテンポは、最初に出てくる”ジョン・デンバー”の曲の時代を踏襲していて、
ジョン・デンバーをよく聞いていた私には
速度違反みたいな最近の映画よりずっとしっくりくる。
細かいエスプリが見事だと思うけど、この緩さを「まだるっこい」と思う人もいるかも。
前時代的だけど、アメリカのコメディの要素を全部兼ね備えている気がする。

お目当てのダニエル・クレイグは
正直、はじめ、「こんな人がなんでこんな(B級)映画に出ているんだろう?」と思った。
007よりちょっと太っているし、あまりかっこよくなく見える。
しかし、見ているうち、ボンドみたいに隙なくかっこつけなくていいし、
実に、のびのびと、楽しんでやっているように見えた。
どこかまぬけなこの人も魅力的だ。

事件の終わらせ方もなかなかしゃれている。
派手さは全然ないし、決して大評判を取る映画ではないと思うが、
日ごろの疲れを癒すのにはいいエンタメ映画だと思う。
「ミリオンダラー・ベイビー」でひたすら(!)闘ったヒラリー・スワンクが
FBIの敏腕刑事さんになっている・・・・これもなかなか魅力的・・・・
無表情で、淡々と行動するバーテンダーの弟って、スターウォーズのハン・ソロの息子?
スターウォーズも去年公開の「ローグ・ワン」がはさまって私の中でわけわからなくなっているんだが
行きがかり上、来月の「最後のジェダイ」も見に行かなくては…

余談ですが・・・
「スターウォーズ、フォースの覚醒」にダニエル・クレイグも出ていたそうです。
きくところ、この人は最初のスターウォーズにエキストラ程度で出ていたらしいです。



# by nyanko715f | 2017-11-20 12:03 | 映画の話 | Comments(0)
今回の選挙ほど国民をおいてけぼりにしたものはない。
勝手に解散しておいて、勝手に徒党を組んで、
自分の利益のために主義主張はどうでもよく、節操無く、当選しそうな傘下に寄り、
それで多額の金を使って、その上で、消費税を上げてそれを何に遣うか問いたい、だと!!
ただただ選挙ショー、または選挙バラエティを見せられている国民はたまったもんじゃない・・・

無駄遣いしているのは自分たち議員なんだから、
足りなければ自分たちがわずかずつでも身を切ればいいものを
真面目にこつこつ働く小市民からまきあげることしかせず、
自分たちが身を切る覚悟など一切ない。
なにか不祥事が起これば、そのときだけ頭を下げて回るが
国会議員先生になれば、偉くなったと勘違いして、他人を怒鳴りつけ
あげくのはて、「私をだれだとおもっているんだ!」とうそぶく。

自分の生き先だけ気がかりで、奔走している最中、
たとえば、きょうTVで扱っているところの
「高速道路死亡事件」など起きていて、これは運転中の事故でもないのに
「危険運転」か「過失致死」か?などと言われていて、
こういう事件を裁く法律がないのだという。
法律は国会でしか論議できない。
こういう市井の思いがけない事件をも大切に論議する国でなければならないのに、
国会議員が一番何に力を入れるかというと、自分の権力を蓄えていくことだけだ。

さて、前置きが長くなった・・・・
きょう、TVを見ていると、各党、選挙運動が始まった。
構成図が変わって、誰がどこに所属しているかもよくわからないし、
誰を信用していいのかもわからないのだが、
松原仁、という希望の党へ逃げた人であるらしいのだが
「たたかいの火ぶたが切って落とされました!」と叫んでいる。
「火ぶた」を切って落とせば、下にいる人は死ぬよ。
と日本語を誤ってつかっている言葉の説明にあった。
火ぶたは切るもの。
切って落とすのは「幕」だ。
それをいっしょくたにして火ぶたが切って落とされる、などと言ってる。

実は、このあいだ読んだ三浦しをんの

星間商事株式会社社史編纂室

にも同じフレーズが出てきたように思う。
そのとき気になったが、読み飛ばして、もう一度検証してやろうと思い探してみたが見つからなかった。
だから私の思い違いかもしれないし、もしかしたらわざとギャグで使ったのかもしれない。
この小説自体は感心しなかったがまあそれはそれでいいか・・・と思っていたが
もしかして本当に知らずにこのフレーズを使っていたとしたら
私はもうこの作家を信用しない。
だいたい、「憮然」を間違って使う作家を私はぜったい信用しない。
私たち素人ならともかく、物書きというれっきとしたそれでお金をもらっている人が
堂々とまちがったまま使う、という気がしれない。

もっとも、司馬遼太郎は「街道をゆく」のなかで
大神神社を「おおみわ」と読ませることについて
「日本語は法則についてはきわめて厳密でない言葉で、たとえば白、という漢字にアオ、という振り仮名を振ってもかまわないのである。」と言っている。
言葉の意味など、長い歴史の中でどんどん変わるもので、
本来こうだった、というものが、違った意味に使われはじめ、
それが多数派になっていくと間違ったものが正しくなってしまう。

たとえば、「新しい」はもとは「あらたしい」であったけど、
「あたらしい」が定着してしまい、「あらたしい」とでも言おうものなら
ヘンな言葉を使う人、などと言われかねない。

だから、どうでもいいといえばどうでもいいのだが、
「火ぶたが切って落とされる」という現実には考えられないことばも
いずれ市民権を得るのだろうか?

ずっと以前のブログに「鳥肌が立つ」も取り上げた。
あれから数年たって、ますます「感動」の方に使われはじめた感がある。
「あわや」もそうだ・・・
「的を得る」と知識人、と言われている人も使う。

私だってきっちり正しい日本語を使っているなどとはいえない。
知らない言葉も間違って使っているのもいっぱいある。
だけど・・・・私は一般人だ。
せめて、これを使ってお金をもらっている人はもう少し
言葉に気配りをしてもいいんじゃない?

# by nyanko715f | 2017-10-11 14:30 | 言葉の話 | Comments(0)

(実家の)父、亡くなる

実家の父は一人暮らしがままならなくなって5年ほど前から施設でお世話になっていたが
施設の中を自由に行き来し、食事も毎度、きっちりとって
当分心配要らない、としばしば弟から報告があったので安心していたが
急に心筋梗塞を起こし、あっという間に亡くなった。
86歳だった。なにも苦しむことはなかったという。

父は琴平の旅館の息子として生まれ、学校を出て銀行へ2年ほど勤めたが
のち、13代目の当主となる。
若いころから、茶道、華道、日本舞踊に打ち込み、どれも師範免状を持っている。
旅館の部屋の花はすべて自分が活けていた。

時代の流れで、古い観光地の旅館の業績が悪化しかかったころに
思い切って土地建物を売り払い、花屋に転業し、高松に移住する。
その花屋は今、弟夫婦が受け継いでいる。

父には私を筆頭に3人の子供、8人の孫、3人のひ孫がいる。
父の父(私の祖父)が家庭を顧みない人であったという反発からか、
父は自分の家庭をとても大事にした。
しかし、心情的に大事にしただけで、それぞれの行き方に口出しをしたことはない。
唯一、私が結婚するとき、紹介した相手が、父がそれまで思っていた人と条件が違うというので
それまでしたこともないようなバトルをしたが、それもすぐに父が折れた。
子供は苦手と言っていたのに孫が生まれると眼の中に入れても痛くないほど可愛がった。

旅館からの転業は父にとっての一大事ではあったが
それ以外はおおむねしあわせな父の一生の最大の誤算は、母の急死だった。
転業した花屋も軌道に乗り、子供も独立し、孫も増え、
ようやく夫婦二人の穏やかな生活が送れると思った矢先、
母は55歳で突然逝ってしまった。

それまで家事などまったくする必要もなかった父は
炊事、洗濯、掃除などの身の回りのことをすべて一から覚えることになる。
そして、母の法要を自分の手で執り行うことが最大の生きる目標となる。
一方で、その時から、趣味であった日本舞踊にもいっそう打ち込むようになった。
歌舞伎には造詣が深かったが、その趣味を唯一受け継いだ私は父とたくさんの舞台を見た。
歌舞伎をあれだけ見るのに文楽はまったく見ようとしなかったので
私は一度父を文楽の観劇に誘ったのだが、それはとても楽しめたようだ。

父の葬儀には、若いころからの日本舞踊の舞台に立った父の姿を
DVD写真にして参列した人に見てもらった。
さらっと流しただけなのでことさらに感傷的にはならない葬儀だったが
その3日間、父の子供3人とその家族が久しぶりに全員集まって
大いに飲んで食べてしゃべって、楽しく過ごせたことがいい供養になった気がする。

父はやっと母のところに行けた、と喜んでいるかもしれない。
30年も一人でよくがんばったね、と答えぬ父に声をかけた。


# by nyanko715f | 2017-09-18 14:02 | Comments(0)

眼の中で虫が飛ぶ?

数日前、ピアノを弾いていると、目の前に虫が飛んでいるのが気になる。
うっとうしいと思うが、すぐいなくなるので気のせいか?と思った。
いや、虫じゃなくて、髪の毛がかかっているのか?
それとも眼鏡が汚れているのか?とか思いつつ、
それもこれも、「気のせい」という感じだった。
しかし、夜、寝る前に必ず本を読むんだが、
メガネをはずし、本と向き合うと、この症状はいっそう顕著になり、
目の前をチラチラとなにかが飛んでいくのは「気のせい」ではなくなった。
一か所に止まっているわけではない。目の動きとともに動く。
本を読んでいてもあまりにうっとうしいので寝ることにした。

次の日になっても「何かが飛んでいる」状態は消えない。
これで視力が低下する、やがて見えなくなる、なんてことになればイヤだなぁ
と大げさな心配をしながら、とりあえずネットで「眼の中 虫が飛ぶ」と検索してみた。

「飛蚊症」という病名はすぐに出てきた。
ここに書いてある症状はぴったりと当てはまるからまちがいない。
それも、加齢によりふつうにおこる症状のようで特別珍しいものではないらしい。

原因は
眼球を構成するゼリー状の硝子体は、老化により縮んで液状となり、網膜から剥がれて眼球の中で動く
ことで
老化現象の一つなのでほとんどは放っておいてもいいらしいが、
視野が狭くなるとか、進行してほかの病気を引き起こすとかあるので
できれば受診した方がいい、と書いてある。

この間、会社の健診で「眼」の部分にひっかかって眼科で検査した。
検査して異常は見られなかったのだが、経過をみたいのでまた来てくれ、
と言われている。

少し前、TVで「眼も定期検査を!」という番組をしていた。
眼科など、よほどのことがないと行かないが、
そろそろ同じ年代の人が「白内障」の手術などし始めているので
行った方がいいだろうなあ・・・とは思っていたが、
それでも見えるんだからまあいい。と思っていた。

数日たってもあいかわらず「眼の中で何かが飛んでいて」うっとうしい。
が、治ることはなく、慣れるだけ。と書いてある。
まったく知らなかったのでいらぬ心配までしたが、
世間によくあることとわかれば一安心だ。
しかし、まあ、いちおう、眼科行ってみるかなあ・・・・

# by nyanko715f | 2017-09-14 13:45 | 日常のつれづれ | Comments(0)
うちは今でもソーラーを屋根の上に載せている。
ソーラーといってもいまどきの、ソーラーパネルのことではなく
太陽温水器、というか、屋根の上で湯を沸かすようなタイプのやつだ。
この家に移っていた時につけたものでもう29年になるが
そのとき、同時に何軒もがつけたが今でも使っているというのはうちだけだ。
みんな取り外してしまっている。
夏場はお風呂をほとんど沸かすことなく、ガス代が助かってきた。

それが数日前、ソーラーから水漏れしているのがわかり、
どうせ、パイプが詰まっているか、オーバーフローしているだけで、
簡単な修理だろうから業者を呼ぼう、ということになった。
で、業者に電話すると、まず、今その修理部品はないという。
いえ、以前にも同じトラブルがあって直してもらっているから
そっちに記録が残っているだろうし、見に来てください、と言った。
が、その後、技術の人から電話があり、もう見に行ったとしても修理は不可能だ、という。
トラブルの原因はわかりますか?というと、わかるが、それをもう、直せない。という。

ここんとこ、関西は連日35度を超える猛暑で、
いいことといえば、ソーラーが活躍することだけだったのに、それがもう使えない、という。
いつも家のメンテをしてくれている人にも相談したが、手はないという。
それでも、まだ、うちの中では、オーバーフローしているだけだろうから
毎日使う分だけ上に水を上げるよう、バルブを開け閉めしたらどうか?とか
あきらめ悪く、ウジウジと対策を考えていた。
ところが、上に水を上げるバルブが経年変化でバカになっていて
パイプを切って、ものを詰めて、上に水を上げなくする方法しかない。ということがわかった。

バルブを修理するか?という案もあったが、
ソーラーのまわりのほかのトラブル、たとえば水道管全部とか、
屋根に支障が出て、吹き替えするとか、
ほかのことに波及すれば「ガス代」が高くなる、とかの問題どころではない。
ここはすっぱりとソーラーをあきらめて、
今まで長い間、ガス代を節約してくれた・・と思いきるしかないな、というところにやっとたどり着いた。
(今までブログにも何回か書いたと思うが)長く使ってきたものを失うのは本当にさびしい。
(ものが)いなくなる、という寂しさではあるだろうが、
それより、私の場合は、
これでまた、ほかのところにお金がかかるじゃあないか!というケチな根性でしかない。

こんなことを思いながら数日、ぐずぐずと過ごしていた時、
(2年前亡くなった)車谷長吉の「人生相談」(朝日文庫)の中で
「お金の愚痴を言う人は救えません」という文章を見る。

新聞に連載されていた人生相談の話は以前、ブログでも取り上げた。
この人のお金への感覚は独特で、
「人生は黙って働くことが一番大事。最低限飯が食えればあとは貧乏がよい」という。
私はこの人の「銭金の話」という本も読んで、その感覚に感心するけど
自分は依然として細かいお金のことにウジウジとこだわり、
たぶん、そのことで大事なことを見落としたり、もっと損をしたりしているんだろうと思うけど
狭量なままだ。
お金、というのは快適に生活するために遣えばいいはずなのに、
細かいことをいつまでもくよくよするのはこの部分でもう損をしている。
(そもそも、損とか得とかいう時点で失格だ)

去りゆくものに心を残すな、とひごろ、自分に言い聞かせているんだけどな・・
終わった試合のこと(昨日まで2日続けてサヨナラ負けしたこと)も忘れなきゃ。
ともかく、長いこと世話になったソーラーへ、ごくろうさん。

# by nyanko715f | 2017-08-24 11:11 | 日常のつれづれ | Comments(0)

淀川花火大会

久々に淀川花火に行った。
朝の仕事をしはじめてから行ってないので8年ぶりぐらいだろうか?
かつてはほとんど河原のどこにでも入れて、ご自由にどうぞ、という花火だったが
いまやほとんどいい場所は観覧席として区切られ、
チケットを持っていない人は入れない。

だから今年は奮発してチケットを買った。
打ち上げ場所のすぐ前、という場所もあるが、
そこはパイプ椅子で、いったん座ったら動けない。
それも2時間ぐらい前にはいかなくてはいけないから3時間も椅子、っていうのはちょっとなあ、
と思い、その後ろになるが、芝生で、下に座れる場所を選んだ。
ブースに入るとき、一人座れる程度の敷物をくれる。
自由席だが、区画の上の方から席が埋まっていき、
我々が到着した5時の時点で、区画の前の方しか開いてない。
それでも(距離は少し離れているが)打ち上げ場所のまん前であり、
水面も見える。
淀川花火は水中花火が多いので水面も見えるところに場所を取るのがいい。

打ち上げは7時40分だから3時間はゆうに待ったが
続々と入ってくる人や、淀川の暮れていく風景、
対岸のビルの夜景をながめているとそれほど長い時間ではなかった。
トイレもブースごとに設置されている。

ほとんどの場所が有料になったこと、(昔いた)テキヤがいないこと、
花火が始まったら場所を動かないように、という指示が出ていること、
などから、非常に整然と花火が見られるようになったことはよかったと思う。

花火は1時間。始まればインターバルなく(惜しげもなく)打ち上げられる。
そのプログラムは年々進化し、これでもか、というほどよどみなく繰り広げられる。

前々日、新潟県長岡での花火大会の模様をTVで見ていたのだが
淀川よりはるが広大な信濃川の2km続く「フェニックス」と呼ばれる
仕掛け花火には及ばなかったとしても
やはりTVで見るのと現場で見るのとは感動が違う。
光と音の時間差や、震動は現場でなければ体験できない。
かつては写真に収めようとしていたりしたが、そんなことはやめてみるのに集中する。

昨日は風も具合よく、煙でかき消されることがほとんどなかった。
雨も心配されたがほとんど降らなかった。
光のコンサートと思えばお金を払ってみるのは当然という気もする。
1時間、彩られた夜空を堪能できる身であるのを幸せに思った。

帰りの電車は通勤ラッシュよりすごかったが
できれば来年、また元気で見に行きたい。


# by nyanko715f | 2017-08-07 13:34 | 日常のつれづれ | Comments(0)

ピアノ練習日誌を中心に、雑多な話題を繰り広げます


by nyanko715f